第83話 自己紹介

文字数 1,897文字

 店の前で待っていると、会計を済ませたお姉さんが出てくる。

「お、お待たせ……しました」
「いえいえ、では行きますか」

 駅に向かって歩き出す。

 こういう時は何を話題にするか悩み、お姉さんを観察しようとチラッと横を見る。

 居ない!
 はぐれたのだろうかと見回すと、俺の斜め後ろを少し離れて着いてきている。
 
 これでは一緒に帰っているとは言えないので歩くスピードを緩める。
 するとお姉さんもそれに合わせてスピードを緩めた。

 埒があかなくなった俺は立ち止まり声を掛ける。

「そんなに離れて歩くと危ないですよ」

 お姉さんは両手を顔の前でパタパタ振りながら

「だ、大丈夫です。お気になさらず」

 と言って一歩下がる。
 が、後ろを歩いていた学生にぶつかってしまった。
 丁度持っていたカバンが脛に当たってしまったのだ。

「いってぇ」
「ご、ごめんなさい!」

 お姉さんは何度も頭を下げて謝っているが、学生の方は

「ふざけんな、ちゃんと前見て歩けよな! このブス!」

 と悪態を吐いている。
 
 俺はとっさにお姉さんの隣まで行き

「本当にごめん、でも今のは言い過ぎじゃないか?」
「は? 彼氏だったらちゃんと面倒見ろ……よ……」

 学生が俺の顔を見た瞬間にさっきまでの勢いが失われていく。

「どうした? まだ何か言い足りないのか? 藤原」

 お姉さんがぶつかった相手は、かつて俺にちょっかいを出していた藤原だった。
 俺と水樹。というか水樹に思いっきり懲らしめられている。

「ど、どうして佐藤がここにいるんだよ!」
「この人と知り合いだからな。何か問題でもあるか?」
「チッ! 相変わらずむかつくよお前は」

 と言って歩いていった。

 ふぅ、何とかなったな。
 と安堵していると

「あ、あの! ごめんない、私の不注意の所為で……」

 と言って頭を下げる。

「はは、何とかなったのでいいですよ」

 と言うが、お姉さんは頭を上げようとしなかった。
 責任感が強いのか、それとも……。

「やっぱり離れて歩いたら危ないので、ちゃんと隣歩いてくださいね」

 と言いながらお姉さんの頭に手を乗せる。
 それに気づいたお姉さんは勢いよく頭を上げて口元をごにょごにょしている。

「すみません、いつもの癖で。嫌でしたよね」
「嫌じゃないです! び、ビックリしただけなので嫌じゃないです!」

 とズズイッと俺に近づき言ってくる。

「そうそう、このくらいの距離で歩きましょう」
「っ!?]

 顔を真っ赤にしながらコクンッと小さく頷いた。

 それから少し歩き、気になっていた事を聞いてみる。

「先輩から聞いたんですが、沙月が居ない時に来るのは初めてって聞きました。仲が良いんですね」
「いえ、私は沙月に嫌われてるんです……」
「そうなんですか?」
「昔はお姉ちゃん子だったんですが、中学入った辺りから沙月は変わってしまって……」
「変わったと言うと?」
「えっと、色んな男の人と遊ぶようになって……」
「それは交友関係が広がったのでは?」
「そういうのではないんです、何と言ったらいいか……」

 あの沙月がお姉ちゃん子だったとは驚きだ。
 そしてお姉さん曰く、男友達と遊ぶようになって変わってしまった。
 
 もしかしたら沙月の噂についても知っているかもしれない。
 そう思い、聞いてみようとした時

「あれ? お兄ちゃん。今帰り?」

 柚希が曲がり角から現れた。

「柚希は部活帰りか?」
「うん、友達とクレープ屋に寄ってた」
「夕飯前にそんなの食べて、太るぞ?」
「お兄ちゃんと違って部活やってるからふとりませーん。って、あれ? この人は?」

 柚希はお姉さんの存在に気づいたらしく、紹介しろ! と目で訴えてくる。

「ああ、この人は……お名前なんでしたっけ?」

 ここに来てお互いがまだ自己紹介していなかった事に気づいた。

「改めて自己紹介しますね。佐藤友也、2年です」
「えっと、桐谷友華(きりやゆうか)です。3年です」

 沙月のお姉さんは友華さんと言うらしい。

「それでこっちが……」
「妹の佐藤柚希です。よろしくお願いします、先輩」

 と、満点の笑顔で自己紹介をする。
 その眩しい程の笑顔を見た友華さんは一歩後ずさり

「わ、私はこの辺で失礼しますね!」

 と言って何故か駅とは反対方向へ走って行ってしまった。

「私何かしたかな~?」
「日陰者にはお前の笑顔は天敵なんだよ」

 俺の実体験なのできっと友華さんも耐えられなかったのだろう。
 しかしもう少しで沙月について分かるかと思ったのにな。
 まさか柚希と遭遇するとは。

 等と考えていると、柚希は先ほどの笑顔よりも更に眩しい笑顔を向けて

「それで、今の女の人とはどういう関係なの?」

 と、目を輝かせながら聞いてくる。

 はぁ、今夜の会議が憂鬱だ。
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