第82話 趣味

文字数 2,558文字

「へー、そんな事になってるんだ」
「ああ、だから俺はその二人の為に何かしたいと思ってる」

 俺は今、南とデートの最中だ。
 バイトの話や昨日の出来事を話している。

 楓に言った様に、南にも事情を説明する。

「でもさ、お姉さんの方はトモの事好きなんでしょ?」
「その好意自体がボッチ特有の優しくされたら好きになるって事だとダメなんだよ」
「どしてー? 好きには変わらないじゃん。トモだって最初はそうやって楓の事好きになったんでしょ?」

 南に痛い所を突かれる。
 確かに俺の初恋は優しく話しかけてくれた楓だった。

 だけど、学校中探してもその子が見つからず諦めた。
 その後に現れた楓を好きになり、偶然初恋の相手が楓だったのだ。

 だから俺が楓の事を好きなのは優しくされたからとかでは決してない。
 一人の女の子として好きになったのだ。

 今思えば、優しくされたから好きになるというのは、お腹を空かせた子猫がエサを貰って懐くようなものだったと思う。
 この人なら自分を傷つけないだろうという安心感だ。
 そんな物は好きとは言えない。

 沙月のお姉さんがまさにその状態なのだとしたら、早く目を覚まさせたい。
 そして俺なんかじゃなく、ちゃんとした相手を好きになって貰いたい。

 という事を南に説明する。
 難しい顔をした南は

「う~ん、細かい事は私には分からないけど、トモが何かしたいんなら応援する!」
「ありがとう」
「私もその人見てみたいなー。今からファミレスに行けば会えるかな?」
「二日連続で休日出勤になるから勘弁してくれ」

 その後、南の提案でカラオケに行ったりして南とのデートが終わった。
 
 いつもの様に早めにバイト先に着く。
 制服に着替えのんびりしていると、先輩が事務所に入って来た。
 
 シフト表を確認して首を傾げている。
 そして店長に確認するように

「真弓さん、今日って桐谷って出勤ですか?」

 と尋ねると面倒臭そうに

「シフト表通りだ。何かあったのか?」
「いえ、桐谷の姉ちゃんが来たのでてっきり桐谷が出勤なのかと思って」

 それを聞いた店長は面白そうにニヤけながら俺をみて

「だ、そうだぞ友也」
「なんで俺に振るんですか」
「桐谷姉妹をオトしたんだろ?」
「なんですかそれは! そんな事してないですよ」
「沙月の姉が沙月の居ない時に来店するのは初めてなんだがなぁ」
「知りませんよ! そろそろホール行きますね」

 店長は俺が事務所から出るまでずっとニヤニヤしていた。
 先輩は先輩で桐谷姉妹を本当にオトしたのかとしつこく聞いてきた。

 ホールに出て一通りの仕事を済ませてカウンターに戻る。
 すると狙っていたかの様に

ピンポーン

 と呼び出し音が鳴った。
 9番テーブルのランプが点いており、テーブルを見ると桐谷姉が座っていた。

 先輩が揶揄う様に「ほら、お呼びだぞ」と言ってくる。
 言われなくても行く気だったので9番テーブルに向かう。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 と声を掛けると

「お、お邪魔してます」

 と遠慮気味に言ってくる。

「いえいえ、いつも有難う御座います」
「そ、それじゃあアイスココア一つお願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」

 カウンターに戻り、出てきたアイスココアを持ってもう一度席に向かう。
 
「お待たせしました、アイスココアになります」
「……」

 俺に気づいていないようだ。
 原稿用紙に何やら書き込んでいる。
 もう一度声を掛けると

「わわ、ごめんなさい」
「いえ、お気になさらないでください」
「集中しちゃうと周りが見えなくなってしまうので……」

 肩を落としてしょんぼりしている。
 それよりも気になったのが原稿用紙だ。
 一体何を書いていたのだろう。

「夢中になれる物があるのは良い事だと思いますよ」

 とフォローを入れると

「じ、実は小説を書いてまして。こんな暗い趣味じゃだめですよね」

 なるほど、ずっと小説を書いていたのか。

「そんな事無いですよ。俺も小説読むのは好きなんで。と言ってもライトノベルですが」

 と言うと、お姉さんは勢いよく立ち上がり

「私もラノベ読みます! どんな作品を読んでるんですか?」

 と顔をズイッと近づけて聞いてくる。

「最近だと『実力至上主義の教室へ来いよ』が好きです」
「私も『じっこい』大好きです!」

 テンションが上がってるのか声が大きくなっている。
 周りのお客様がジロジロ見ているので

「落ち着いてください、見られてます」

 俺の言葉で我に返ったお姉さんは顔を真っ赤にして椅子に座る。
 そしてあからさまに気まずそうにしている。

 お姉さんの気持ちは凄い分かる。
 同じ趣味の人と出会うとテンション上がるもんな。

 ずっと話してる訳にもいかないのでそろそろ戻らないとな。 

「では俺は仕事に戻りますね」
「あ、は、はい。突然すみませんでした」
「いえいえ、小説頑張ってくださいね」

 と言って仕事に戻る。

 あれから一度も注文はされなかった。
 カウンターから様子を伺ったら夢中で小説を書いていた。
 好きな事にあれだけうち込めるのは凄いと思う。

 18時になり今日のバイトは終了になった。
 お姉さんはまだ小説を書いていた。
 いつもならとっくに帰っている時間なので少し心配になる。
 もしかしたら執筆に集中し過ぎて時間を忘れているのかもしれない。
 念のために帰りに声を掛けてみよう。

 着替えを済ませ先輩達に帰りの挨拶を済ます。
 ホールに出ると、まだお姉さんがいたので声を掛ける。

「お時間は大丈夫ですか?」
「……」

 やっぱり集中していて気付かない。
 俺はおもむろにお姉さんの向かいに座る。
 そして再び声を掛ける。

「こんにちは、お時間大丈夫ですか?」

 今度は目の前から声が聞こえたのでバッと顔を上げて

「え? え? えええぇぇぇ!?

 と声を上げて立ち上がる。

「えっと、その、い、今のって」

 あっ、言い方悪かったな。
 これじゃナンパしてるみたいだ。

「もう18時過ぎてますけど時間は大丈夫ですか?」

 俺の言葉を聞いてハッと時計を見る。

「あ、大変! 早く帰らないと怒られちゃう!」

 と言って荷物をまとめている。
 そんなお姉さんに俺はある提案をする。

「俺もバイト終わったので駅まで一緒に帰りませんか?」

 一瞬固まった後

「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

 店内にお姉さんの絶叫が響いた。
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