第139話 悩み

文字数 2,201文字

 帰宅し、食事と風呂を済ませて自室で冷静に考える。
 心情的には今すぐ柚希の部屋へ行って彼氏と別れる様に促したい。

 だが、それが一番の悪手だというのは分かる。
 水樹が踏んだ轍を俺も踏む事はない。

 それに柚希が素直に俺の話を信じるとも思えないし。

 どうするか悩んだ結果、おもむろにスマホを取り出す。
 何度かメッセージのやり取りをして、その日は眠りに就いた。


 翌日、いつもより早く家を出て学校へ行く。
 学校に着き、教室に鞄を置いて、今ではなじみ深い理科室へと向かう。

 理科室のドアを開けると既に呼び出した人物が来ていた。

「おはよう」
「おっす」
「いきなりで悪いな」
「気に済んなって」

 一人で考えても埒が明かないと思った俺は、水樹に相談する事にしたのだ。
 相談したい事があると言ったら二つ返事で了承してくれた。

「それで? 相談って柚希ちゃんの事か?」
「ああ、よく分かったな」
「そりゃ前にも相談受けてるからな」
「なるほど」

 話しながら水樹は移動して空いてる席に座る。
 俺もそれに習い、水樹の対面に座る。

「んで? 今度はどんな相談だ?」
「実は……」

 俺は昨日の出来事を全て話した。
 今すぐ別れさせたいという想いも伝える。

「なるほどな。別れさせたいって気持ちは痛い程分かる」

 俺の気持ちに同意を示し、一拍置いた後に

「っつーか、沙月にも手を出そうとするとかソイツ舐めてんな」

 やっぱりソコに反応したか。
 水樹の過去を知ったので、沙月にちょっかい出された事を言うか迷っていた。

 だけど相談する立場として隠し事は良く無いと思い話した。
 それに沙月にちょっかい出されて怒ってるのは俺も同じだからだ。

「どうすればいいと思う?」
「友也はどうしたいんだ?」
「素直に言えば今すぐ別れて欲しい」
「俺も同じ意見だ」
「でも、どうすれば……」
「そりゃ、ちゃんと柚希ちゃんと話し合って別れて貰うしかないな」
「柚希が素直に俺の言う事を信じるとは思えないんだよな」
「大丈夫だって。もしダメだったら俺も一緒に説得するから、先ずは友也の気持ちをぶつけろ」
「……分かった、やってみる」
「おう、頑張れよ」

 水樹に相談した事で少し肩が軽くなった気がした。
 一人で抱え込んでいたら、こうはならなかっただろう。


 教室に戻ると丁度チャイムが鳴り、担任が教室に入って来る。
 
「明後日から期末試験だが皆ちゃんと勉強してるかー? 特に田口だなー」
「な、何で俺なんスか~。ちゃんと勉強してますよ~」

 担任から名指しで注意を受けた田口は慌てた様に弁明する。
 今回の試験も皆で協力して勉強してるので問題は無いと思う。

「ならいいんだがなー。皆もキチンと勉強しとけよー」

 と言って教室全体を観回した後、教室から出て行った。

 担任が教室から出て行ったと同時に隣からうめき声が聞こえてきた。

「うへぁ~~」
「どうした及川」
「和樹に教えるの疲れるんだよ~。問題分かんないと不機嫌になるし」
「でも中居には及川が適任なんだから頑張ってくれ」
「留年されても困るし頑張るけどね~」

 と言いながらも机にぐで~と突っ伏した。
 

 放課後になりバイト先で勉強した後帰路に就いた。
 家に帰るまでの間、どうやって柚希を説得するか考えたが、結局良い案は浮かばなかった。

 
 家に帰ると、柚希は既に食事と風呂を済ませて部屋に行ったらしい。
 とりあえず俺も食事と風呂を優先する事にした。

 風呂から上がり、自室で考えを纏める。
 信じて貰えるかは分からないが、彼氏がどんな男なのかは伝えなければならない。
 話す順番等を整理して柚希の部屋へ向かう。

 部屋のドアをノックして「柚希、ちょっといいか?」と声を掛けると部屋のドアが開いた。

「なに?」
「ちょっと話いいか?」
「……試験勉強してるんだけど」
「頼む! 少しでいいから話を聞いてくれ!」
「……はぁ、分かった」

 と言って早く部屋に入る様に促される。

 沙月と付き合ってから恒例だった会議が無くなった為、凄い久しぶりに柚希の部屋に入った気がする。
 柚希はいつもどうりベッドに腰掛けて

「それで話って何?」

 と言いながら、表情や雰囲気で早くしろと催促する。

「えっと、その、彼氏とはどうなんだ?」

 我ながら情けない質問になってしまった。

「どうって?」
「上手くやってるのかなーって思って」
「それってお兄ちゃんに関係あるの?」
「あるに決まってるだろ! あんなクズ男と妹が付き合ってるんだから!」
「――っ!」

 しまった! つい興奮して怒鳴る様になってしまった。
 柚希も俺が急に怒鳴った事に驚いている。
 しかし直ぐに真剣な表情になる。

「クズ男ってどういうこと?」
「それは……」
「どういうことって聞いてるんだけど?」
「分かった、全部話す。だけどこれだけは信じて欲しい、今から話す内容に嘘偽りはない」

 そう言って俺は沙月から聞いた話や、バイト先で聞いた事を全て話した。

「――だから彼氏とは別れた方がいい!」
「……」

 柚希は俯いて肩を震わせている。
 
「……っく……くっ」
「柚希……」

 柚希の肩に手を添えようとした時、柚希が急に顔を上げて笑い出した。

「あはははははっ、ひぃ、おかしい~」

 突然の事に声すら出せずに驚いていると、柚希が涙を拭いながら

「その彼氏とは今日別れたよ。だから安心してねシスコンのお兄ちゃん」

 と言って再び笑い出した。
 俺は状況が上手く把握出来ずに、しばらく固まったままだった。
 
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