第100話 田口

文字数 1,971文字

 綿あめ機に並んで数分、俺の順番になった。
 そして綿あめを作っている子から沙月に変わる。

「友也さんの為に張り切って作っちゃいますよ~」
「いや、普通でいいからな」
「え~、でも美味しくなる魔法はかけますからね!」

 と言って綿あめを作り始めた。
 綿あめを作っている所を見るのは初めてなので少し興奮する。

 機械の中に細い糸の様な物が沢山出てきて、それを棒でクルクルと巻き取る。
 その光景に思わず

「おお、凄いな」
「結構練習したんですよ」

 と言っている間に完成した。
 良い物がみれたなぁ。と思いながら綿菓子を受け取ろうとすると

「では、美味しくなる魔法をかけますね~」

 と言って綿菓子を一掴み取り

「はい、あ~ん♡」
「は?」
「は? じゃないですよ。美味しくなる魔法なんですから食べてください」
「いやいや、そんな事出来る訳ないだろ!」
「いいんですか断って? 私のあ~んを断ると他の男子たちが黙ってないと思いますよ?」

 それを聞き周囲を見渡すと、じゃんけん大会はどこへやら、男子達が俺を睨んでいる。
 こんな状況で断ったら本当に後で何をされるか分からない。

 だったら食べてやろうじゃないか!
 しかし沙月、お前も羞恥に悶えて貰うぞ!

「分かったよ、食べればいいんだろ」
「も~、最初から素直になってくださいよ。それじゃあ……」
「ちょっと待て」

 俺は沙月と同じように綿菓子を一摘み取ると、沙月の口元へ運ぶ。

「こうした方がもっと美味しくなると思わないか?」
「ふぇ?」
「ほら、あ~ん」
「え? えっと、あ、あ~ん」
「ほら、沙月も食べさせてくれよ」
「は、はい! あ、あ~ん」
「あ~ん。うん、美味しい」
「あ、ありがとうございます」

 ふふふ、お互いが凄く恥ずかしい秘儀! 食べさせ合いっこ!
 思惑通り沙月の顔が真っ赤になっている。

 綿菓子を受け取り逃げる様に教室から出る。
 何やら教室の中が騒がしいが俺は聞こえないフリをしてその場を離れる。

 階段付近まで逃げてきて気づいた。
 そういえばずっと田口の姿が見えない。

 教室に置いてきてしまっただろうかと思い振り返る。
 すると、直ぐに発見できた。

 田口は行き交う女子達の殆どに声を掛け、その(ことごと)くに玉砕していた。
 
 合コンの時から思っていたが、田口がこんなに軟派だったとは。
 俺は田口の所まで行き、声を掛ける。

「田口、そろそろ集合場所に行かないと」
「え~、まだいけるっしょ! 俺はこの文化祭に賭けてるんだよ~」
「そりゃ分かるけど、中居を待たせていいのか?」
「うわ、ヤバイって! 佐藤君何してんの! 早く行かないと」

 なんだろう? これが殺意という物なのだろうか。


 集合場所に到着し、水樹と中居達と合流する。
 露店で軽く昼食を済ませた後、どうするか話していると、突然田口が

「三人にお願いがあります! このフィーリングカップルに一緒に出てくれませんか?」

 と言って頭を下げてきた。
 パンフレットを見ると2年Bクラスの出し物がフィーリングカップルだった。

 俺の記憶が間違っていなければ一人でも参加出来るはずだと思ったが、参加条件という項目があった。
 そこには4人以上のグループしか参加できないらしい。

 田口が必死なのは伝わってくるが、中居がどうするかだな。
 そして先ずは水樹が口を開く。

「俺は参加してもいいけど、中居と佐藤は参加させられないだろ」
「え? どうして」
「中居には及川がいるし、佐藤は新島と水瀬がいるだろ?」
「分かってるけど、そこをどうにかお願いします!」

 そう言ってもう一度頭を下げる。
 それを見た中居が

「頭上げろ」
「中居君……」
「俺達が参加したとして、俺達を選んでくれた子に実は彼女居るんだとか言えると思うか?」
「それは……」
「選んでくれた子に対して失礼だろ。もうちょっと考えて行動しろよ」
「ごめん……」

 そう言って中居は踵を返し

「わりぃ、帰るわ」

 と言って歩き出した。
 俺は水樹に

「悪い、中居を追いかける。後は任せていいか?」
「ああ、中居の事は任せた」

 俺急いで中居の後を追い、横に並ぶ。
 すると中居が

「前々から田口は軽い奴だと思ってたけどさっきのは無いわ」

 中居が身内に此処まで怒るのは見た事がない。
 どうにかしてフォローしないと。

「田口も必死なんだよ。決して悪気があった訳じゃないと思うんだ」
「まぁな。アイツの性格は分かってるつもりなんだがな」

 そう言って中居は黙ってしまう。
 こういう時どう声を掛ければいいか分からない。

 俺がどう声を掛けるか悩んでいると、中居は

「心配すんな、月曜にはいつもの俺に戻ってる。今は一人にしてくれ」
「ああ」


 その後水樹達に合流する気になれず、俺も一人で帰った。

 
 その日の夜、俺は前田と後藤の事を考えていた。
 そろそろ看板が出来上がらないとまずい。


 考えた結果、俺は去年と同じようにする事にした。

 
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