第140話 裏の顔

文字数 2,133文字

 空いた口が塞がらないとはこの事だろう。
 柚希の説得は難しいと思っていたら既に別れていた。
 あんなにスペックを重視して、利害関係が一致してるから付き合ってると言っていたのにだ。
 
 俺があまりのショックに固まっていると

「ちょっと! そんなに驚かなくてもいいでしょ」
「はっ! す、すまん」

 柚希は「全くもー」と言いながら頬を膨らませる。
 柚希のお蔭で段々と思考能力が戻って来た。

 ひとまず聞いておかなきゃならない事がある。

「どうして別れたんだ?」

 景山の事について話したのは今日が初めてなので、柚希の意思で別れた事になるのだ。
 あれだけ周囲に自慢していたのにどうして? と思うのは自然だろう。

「お兄ちゃんがさっき言ってた事を私も聞いたの。しかも、被害者本人から」
「えっ!? いつ聞いたんだ?」
「一昨日の夕方。沙月ちゃんと遊んでたら女子大生4人がいきなり話しかけて来たの」
「それで?」
「景山さんと付き合ってる事へのやっかみだろうなって思った。逃げようにも相手は4人だし、沙月ちゃんも居たから逃げれないと思って大人しくしてた」

 沙月を見捨てない辺りは昔から変わらず友達想いなんだよな。

「黙って頷いたら『ここじゃ話せないから近くの喫茶店に行こう』って言われて付いて行った」
「うん」
「それで、話を聞いたら景山さんの女癖の悪さや強姦まがいの事をしてるって」
「よく信じたな」
「……こういう事あまり言いふらす様な事じゃないんだけど、4人の内の一人がリストカットの痕を見せてきて――それでこの人たちは嘘を言ってないんだなって思った」
「……そうか」
「その人達の話を聞き終わった後に沙月ちゃんが景山さんに言い寄られた事を泣きながら話してくれた。『友達の彼氏を悪く言えないから黙ってた。ごめんね』って」

 沙月も沙月で苦しんでたからな。
 柚希に言えた事で楽になっただろうか。後で電話してみよう。

「それで昨日の放課後に本人に直接聞いてみた。最初は知らバックレてたけどそのうち開き直って『俺に抱かれるんだから光栄だろ? お前も俺の肩書目当てで付き合ったんだから同じだろ』って言われたからこう言ってやったの」

 そう言って柚希は立ち上がり、俺を虫を見る様な目で睨むと凍える様な声で言う。

「アンタみたいなクズ初めて見た。もう二度と私の前に現れないで、サヨウナラ」

 再現と分かっていても拭い切れない程の恐怖に苛まれた。
 柚希のこんな冷たく感情の消えた声は初めて聴く。
 前から思ってたけど女の人って声帯二つ持ってるんじゃない?

「そ、そうか。その後はどうなったんだ?」

 いまだに恐怖で震える身体にムチを打ち質問する。

「さぁ? 固まってたからそのまま帰ってきたから分からない」
「な、なるほどな」

 きっとさっきの俺みたいになってたんだろうな。
 まぁ、アイツの場合はざまぁみろって感じだが。
 
 柚希もこれに懲りて無暗に肩書だけで彼氏を選ぶような事はしないだろう。……しないよな?
 等と考えていると柚希が

「次はイケメンで優しくて正義感の強い人がいいなぁ~」

 と言いながらスマホを操作している。
 全然懲りてないじゃないかチクショウ!

「まてまて、そんなに焦って彼氏作んなくてもいいだろ。もっと真剣に考えろ!」
「もー、うるさいなぁ。お兄ちゃんには関係……ちょっと待って!」
「は?」

 急に黙り込んで何やら考え事をしだした。
 たまに俺をチラッと見たと思ったら何やらブツブツ言っている。

「……だから……はず。だから……で……」
「お、おい、柚希」
「……すれば……ける、そうすれば……私が……」

 全然俺の声が届いていない。
 一体何をそんなに真剣に考えてるのか分からない。
 せめてロクでもない事でありません様に!

 数分が経ち、突然バッとこちらに顔を向けられる。
 その表情は笑っていたが、何を企んでいるのか分からないので恐怖でしかない。

「分かった、もう無理に彼氏作るの止めるよ」
「っ! 本当か!?」
「うん、私が間違ってた。凄い好条件が近くにいるのに怒りで自分を見失ってたよ」
「うん?」
「もうお兄ちゃんが心配するような事はしないから安心してね」
「あ、ああ。分かってくれたならいいんだけど……」

 急にどうしたいんだ? さっきまで彼氏作ろうとしてたのに。
 一体さっきまで何を考えてたのか気になる。

「もう安心していいんだよな?」

 最終確認といった感じで問いかけると

「あったりまえじゃん! お兄ちゃんにはもう心配かけないよ」

 と言ったので取りあえず信用する事にした。

 その後自分の部屋に戻り、沙月に迷惑掛けた事を謝り、今日の事を話した。


 翌日の昼休みに水樹を廊下に呼び出して事の顛末を話した。

「一件落着で何よりだな」
「そうなんだけどな……」
「なんだ? まだ何か悩んでんのか?」
「悩んでるっていうか、柚希が素直過ぎて何か考えてるんじゃないかって思って」
「でも心配させないって言ってたんだろ? ならそれを信じてやれよ」
「……そうだよな。うん、そうだ」

 窓から外の風景を眺めながら話していると

「せーんぱい! お昼一緒に食べませんか?」

 と声を掛けられて振り向くと

「えへへ、なんだか照れますね先輩♪」

 どういう訳か俺の事を先輩と呼ぶ柚希の姿がそこにあった。
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