第106話 とらぶる

文字数 3,901文字

 とうとう文化祭本番が明日に迫った。
 調理係も無事に準備ができ、後は本番を迎えるだけとなった。

 だが俺にはもう一つやらなければならない事がある。
 バンドの助っ人をしているので、今日は最終リハーサルが行われる。


 バンドメンバーと共に体育館に向かう。
 聞くと他のバンドメンバーも今回がステージに立つのは初めてらしい。

 体育館に着くと、他のバンドや演劇等をやるであろう生徒が結構な人数居た。
 文化祭実行委員に此処で待っててくださいとの事だ。

 俺達は持ってきていた機材を置いて指示に従う。

「やっべー、緊張してきたー」
「ばっか、まだリハーサルだろ」
「でも結構な人数いるしな」
「っていうか、他の人達は緊張しないのかな」

 とメンバー同士で話している。
 リハーサルから緊張してどうするんだと言いたいが、俺も緊張していた。

 しばらくすると、リハーサルが始まった。
 事前に渡された番号順に呼ばれ、リハーサルをやっていくらしい。

 前半は演劇系で後半がバンドやダンスといった順番だ。
 

「次はバンド演奏のリハーサルに入ります。係の指示に従ってください」

 というアナウンスが流れる。
 それを聞いたメンバーの表情が強張る。

 そんなに緊張してミスしなければいいのだが。

 そしていよいよ俺達の出番になった。
 機材をセッティングしながらメンバーに話しかける。

「大丈夫かー? あまり緊張するなよー」
「だ、だいじょぶだよ~」
「き、緊張とかしてないし?」
「お、おおう」
「はぁ……はぁ……」

 反応を見る限りだとかなり緊張してるな。
 これでミスをすれば明日の本番はミスは出来ないというプレッシャーも掛かる。

 どうにかして緊張を和らげないと。
 と考えて、ある事を思いついた。

「そう言えばお前らって彼女いるのか?」

 俺の唐突な質問に、全員が口を揃えて

「いるわけねぇだろ! ちくしょう」

 と返ってきた。

「悪い悪い。所で田口は知ってるよな?」
「知ってるけどそれがどうしたの?」
「実は……」

 わざと溜めを作り

「あいつにもとうとう春が来たみたいだ」
「……え?」

 全員の動きが止まった。
 そして俺の所まで来ると

「それってマジなの?」
「田口ってあの田口君だよね?」
「ウザさに定評のあるあの田口君が?」
「もうダメだ……お終いだぁ」

 自分で話といてなんだが、違うクラスの奴等にもこんな扱いだったとは。

「でもお前達にもチャンスはある。演奏を成功させるんだ!」
「そりゃ成功はさせたいけど……」
「俺の従兄は文化祭で大成功したらモテモテになったらしい」
!?
「俺達の演奏を成功させて彼女作ろうぜ!」
「……」

 一瞬の沈黙の後

「よっしゃやってやるぜー!」

 と気合を入れ直し、闘志で緊張は吹き飛んだようだ。


 ミスをすることなく無事に演奏が終わり、機材を機材置き場に運んだ後

「さっきの演奏でなんだか自信出てきた!」
「明日もこの調子で行けば彼女ゲットだぜ!」

 とテンションが上がりっぱなしだった。

 リハーサルを終えた順から帰って良いという事なので帰り支度をしていると、ある人物が目に留まった。
 俺はメンバーに先に帰る様に言い、俺はその人物の元へ行き声を掛ける。

「友華さん、こんにちは」
「あっ! 友也さん、こんにちは」
「どうしたんですかこんな所で」
「えっと、実はですね……」

 話を聞くと、演劇部から台本を書いて欲しいと頼まれ、台本を書いたみたいだ。
 今日は演劇でおかしな所がないかチェックしてくれと頼まれたらしい。

「そうなんですね。所で演劇はもう終わってますけど他に何か用があるんですか?」
「はい、演劇で使わなかった衣裳を演劇部に戻す予定です」
「なるほど、それで演劇部の人達は何処に?」
「それが先程から見当たらないんです」
「演劇部って3番目にやってたので既に皆さん帰ってしまったのでは?」

 俺がそう指摘すると、友華さんは目をぱちくりさせて

「そう言えばお先に失礼しますと言っていた気がします」

 外見は初めて会った頃とは比べられない程の変化をしたけど、中身は変わっていない。
 まぁ友華さんは今のままでいて貰いたい。

「それじゃあ荷物片して帰りましょう」

 そう言って足元に置いてあるカツラ等が入った段ボールを持つと

「あ、荷物は私が持ちますよ」
「いえ、気にしないで下さい。では行きましょうか」
「ありがとうございます」

 こうして二人並んで体育館を後にする。
 見た目の割にそこそこ重かったので俺が運んで正解だったな。


 演劇部の部室に着き、友華さんに鍵を開けて貰う。
 部室に入り辺りを見渡して

「これは何処に置けばいいんですか?」
「私もよくわからないんですよね」

 と言って友華さんは部室の中をトコトコ歩くと

「それじゃあこのロッカーの前に置いてください」
「わかりま……危ない!」
「え?」

 俺は持っていた段ボールを無造作に手放し、友華さんに覆いかぶさる。
 その直後、背中に部品の入った段ボールが俺に直撃する。

 その反動で体勢が崩れ、二人とも倒れ込んでしまう。

 気づくと俺が友華さんを押し倒した様な体勢になっていた。
 俺は慌てて

「す、すみません!」

 と言ってどこうとしたが、背中に荷物が乗っかっていて身動きが取れなかった。

「あの、大丈夫ですか?」
「ええ、幸い怪我はしていませ……ゴクッ」

 友華さんに話しかけられ視線を落とすと、制服が乱れて胸元が見えてしまっていた。

「どうかしましたか? やっぱり何処か痛いんですか?」
「いえ、そうではないです。あの、制服が……」
「……きゃっ!」

 何今の反応、凄く可愛かった。
 って違う違う!

 煩悩を振り払うかのようにかぶりを振り、視線を彷徨わせると

「っ!?

 視線を下に移した時、スカートがめくれて艶めかしい太腿と共にパンツが見えそうになっていた。
 俺は視線を元に戻し、なるべく友華さんの方を見ない様にして

「友華さん、このまま動いて脱出できますか? 俺は身動き取れないので」
「分かりました、やってみます」

 と言い、友華さんはずりずりと這いずる様に上に移動する。
 
 よし、この調子なら脱出出来そうだと思った時、不意に俺の顔に柔らかい物体が押し付けられた。

 これは! もしかしてなくても友華さんの胸だ!
 上に動いた事によって胸も必然的に上に移動する。
 そうすれば、ほぼ密着状態の俺の顔に胸が当たるのは必然だ。

 俺は慌てて

「友華さん、元の位置に戻ってください」
「え? は、はい、分かりました」

 そう言って今度は下方向にズリズリと移動する。
 これで一安心かと思ったら

「きゃっ!」
「ど、どうしました?」
「い、いえ、なんでもないです」
「顔真っ赤じゃないですか! 何かあったんですか?」
「そ、それが、元の位置に戻ろうとして動いたらスカートが捲れてしまって」
「え?」

 そう言われて反射的に下に視線を向ける。
 すると、先ほどよりもスカートが捲れて完全にパンツが見えてしまっている。

「と、友也さん、見ないでください。恥ずかしいです」
「す、すみません」

 と謝りながらも、先ほど見たパンツが脳裏から離れない。

 ピンクのパンツかぁ。
 可愛らしくていいなぁ。

 じゃなくて! この状況を何とかしないと!
 と考えていると

「ふふっ」

 と友華さんが笑った。

「どうしたんですか?」
「ごめんなさい、こんな状況なのに友也くんを独り占め出来てるとおもったらつい」

 友華さんの事は趣味が合う友人と思うとして夏休みに答えをだしたつもりだった。
 だけど友華さんは今でも俺の事が好きで、今そんな事言われたら……。

「友也さん、腕疲れませんか? 私に乗っかっても大丈夫ですよ」

 吐息を感じる距離でそんな事を言う。

 確かに腕は限界に近い。
 もしこのまま腕の力を抜いたら……。

 と考えていると、再び荷物が落ちてきた。
 俺はその衝撃に耐えきれず友華さんにのしかかってしまった。

「ッ!?
「っん!?

 のしかかった拍子に唇が触れ合ってしまった。
 
 慌てて首だけ動かして顔を離し

「すみません! わざとじゃないんです!」
 
 と謝ると

「別にわざとでもよかったですよ?」
「それは……」
「なんて冗談です。友也くんを困らせる様な事はしませんよ」
「友華さん……」

 俺は何て答えればいいのか分からず、つい黙ってしまった。

 とその時、部室のドアが開いた。

「あれー? 桐谷さんどこ行っちゃったんだろう?」
「まだ体育館にいるのかなー?」

 と、演劇部員らしき人達がやってきた。
 よかった! これで助かる!

 俺は精一杯の声を出して助けを求めた。
 すると部員達は俺が荷物の下敷きになっている事に気づき救出してくれた。

「いや~、まさか桐谷さんがね~」
「だから夏休み明けから変わってたのか~」
「ち、違いますよ~。これは単なる事故です」

 友華さんがこうやってイジられている所を見るのは新鮮だな。
 と思いながらやり取りを見ていると

「まぁ、私達はもう帰るから戸締りはよろしくね~」
「あんまり学校で変な事しないようにね~」

 と言いながら部室から出て行った。

 部室に二人きりになると友華さんは

「い、今の人達の事は気にしないでくださいね」
「は、はい」
「で、では私達部室から出ましょうか。戸締りもしないといけないので」
「そうですね。結構な時間も経ってますし」

 部室から出て友華さんが戸締りをすると

「では私は鍵を職員室に返してクラスに戻りますね」
「はい、わかりました」
「それでは、また」

 と言って職員室に向かって歩き出した友華さんだったが、途中で降り返り

「さっきのは私のファーストキスですからね♪」

 と言ってウィンクをする。

 
 俺は沙月とのやり取りを思い出し、やっぱり姉妹なんだなと思った。
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