第67話 水瀬南のターン①

文字数 2,287文字

 『トモ! だーい好き!』と言って抱き締められた。
 
「ちょ、ミナミ。誰かに見られたらマスイって」

 と言うが離してくれない。
 少し抱きしめる力が強まり、ミナミが耳元で呟く。

「お願い、もう少しだけ」
「いや、いつ人が通るか分からないし」
「自分で夏休みまで我慢するって言ったけど、やっぱりキツイんだよね。だからもう少しだけ」

 そう言うミナミの声が少し震えていた。
 普段のミナミでは想像できない、乙女な部分。
 ミナミの真っすぐな気持ち。

 俺はミナミの背中に手を回して軽く抱きしめる。

「わかった。少しだけな」
「うん、ありがと」


 時間にして1~2分抱き合って、ミナミの方から離れた。
 その表情はいつもの元気なミナミの顔だった。

「ふふ、充電完了ー!」

 と言って微笑む。

「全く、いきなり抱き付くなよ」
「ごめんごめん、我慢出来なくなっちゃって。でもトモが抱きしめ返してくれて嬉しかった」
「それは、ミナミの気持ちと真っ向から向き合うって決めたからな」
「じゃあ私にもまだチャンスはあるんだね!」
「それはどうだろうな」
「もー、なにそれー」

 と頬を膨らませながら鞄をブンブン振る。
 
「でも、お蔭で充電も出来たし夏休みまでがんばります!」

 と謎の敬礼をする。

「なんか、夏休みが怖くなってきた」
「ははは、大丈夫だよー。それじゃ私はこっちだからまたね!」

 と言って小走りで駆けていく。
 その背中を見送り俺も帰路に就いた。


 それから何事も無く一学期の終業式を迎えた。
 終業式とSHRで夏休みの注意事項を説明され、無事に終える事が出来た。

 そして今は、いつもの理科室で楓とミナミを交えて話し合っている。

「やっと終わったー!」

 と言いながらミナミはバンザイをする。
 そんなミナミを見て楓が

「今日まで私だけ友也君に甘えちゃってごめんね」

 と謝った。
 さっきの「やっと終わったー!」はそういう意味だったのか。

「楓が謝る事じゃないよ! 私が言い出した事だしね!」

 手を前に突き出しながら言う。
 そしてそのままこぶしを握り

「それに明日から三日間は私の物だからね!」

 と言い放ち、飢えた狼の様な視線でこちらを見る。
 おぉ、何か身の危険を感じる。
 
「お手柔らに頼む」
「任せて!」

 と今まで以上のテンションで返事が返って来るので任せるのが怖い。
 
「三日間は私も口ださないから安心して。それよりその後はどうする?」

 夏休み最初の三日間はミナミのターンになっているが、その後は一日ずつ交代になっている。

「順当に行けば4日目は私なんだけど、ミナミはどう?」
「うん、それでいいよ! その後は順番に交代って事で!」

 揉める事無くすんなり決まる。
 このまま解散かと思ったが、楓から提案があった。

「キャンプの前日はお互い友也君に接触しないようにしよ? キチンと考えて貰いたいし」

 という提案にミナミも

「そうだね! 期待してるよトモ!」

 と最後のルールが決まり帰る事になった。
 
 ターミナル駅までは三人で帰り、そこからはミナミと二人きりで帰った。
 前の様に抱き付いてくることも無く雑談をしている。
 
 やっぱりと言うべきか、話題はだんだんと明日からの三日間の話題になる。

「ねね、トモは何処か行きたい所とかある?」
「ん~、特に思い浮かばないなぁ」
「トモは相変わらずインドアなんだねー」
「いいだろ別に」
「まぁ、そんな所も含めて好きになったんだけどねー」

 と不意打ちの≪好き≫に若干戸惑いながら

「ミナミは行きたい所とかあるのか?」
「ホテル行きたい!」
「ブフォッ! な、何言ってんだよ!」
「あはは、冗談だって! やっぱりトモは面白いねー」

 くそ! 完全に揶揄われてる。
 
「冗談はここまでで、また家に来て欲しいかな」
「家かぁ、もっとデートらしい所でもいいんだぞ? せっかくの二人きりなんだし」
「実は最近料理勉強しててさ、トモに食べて貰いたいなーって」
「そうなのか、カレーも凄く美味しかったから俺としても食べてみたいな」
「やったー! じゃあ明日は家でいい?」
「ああ、腹減らして行くよ」

 前に食べたカレーの美味しさを思い出して期待が膨らむ。
 楓も料理は上手いけど、ミナミのカレーは楓以上だったからな。

「でも明日は午前中部活だから集合は13時でいいかな? お昼には少し遅いけど」

 と申し訳なさそうに言ってくるので

「大丈夫だよ、空腹は最高のスパイスって言うしな」
「ありがと、絶対満足させるからね!」
「楽しみにしてる」

 と明日の約束をして別れた。


 言われた通りに13時過ぎにミナミの家に着く。
 いつもなら10分前行動をするのだが、午前中は部活があって忙しいと思い少し遅らせた。

 インターホンを押してしばらく待つ。
 するとドタバタと音がして玄関のドアが開いた。

「ごめん、おまたせー」
「忙しそうだけど大丈夫か?」
「実はさっき部活から帰ってきたばかりなんだよねー。あ、暑いでしょ? 入って入って!」

 と体操服姿のミナミに促されお邪魔する。

「ごめんね、こんな格好で」
「いや、大丈夫だよ」
「仕込みは朝の内にしておいたから安心してね」
「ああ、楽しみだ」

 何のことは無い会話だが、さっきからの違和感について質問する。

「なんでそんなに離れて喋るんだ?」

 と質問すると

「まだシャワーも浴びてないから汗臭いから!」

 と言って更に距離を取る。

「そんな事無いと思うけどな。気にするなよ」
「ダメなの!」

 と怒られてしまった。
 本当に汗臭いとか感じないんだけどな。
 と考えていると

「悪いんだけどご飯はシャワー浴びてからでいいかな?」

 と顔を赤らめ、俯きながら言う。
 
 ミナミ、その表情は反則だ。
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