第161話 真弓の過去

文字数 3,451文字

『二人が……柚希ちゃんと沙月ちゃんが(さら)われたの!』

 及川の口から信じられない言葉が飛び出した。
 二人が攫われた……? どうして……一体誰が……?
 あまりの衝撃に放心状態になっている俺の耳に水樹の叫びの様な声が聞こえ我に返る。

「攫われたってどう言う事だ? 犯人を見たのか?」
「私だって訳が分からないよ! 犯人は頭から目と口だけ見える覆面みたいなの被ってた」
「くそ! 何処のどいつだ沙月を攫った奴は!」

 沙月が攫われた事で滅多に怒らない水樹が激情している。
 俺も段々と犯人に対して怒りが込み上げて来る。
 俺はこんなにも怒りを感じたのは初めてだ。
 俺が怒りに震えていると、中居が優しく及川に質問しだした。

「攫われる所を見たんだよな? どんな車だった?」
「車に詳しくないから分からないけど、職人さんが乗ってるような車で色は黒だった」
「恐らくハイエースだな。他には? ナンバーとか見なかったのか?」
「ナンバーは付いて無かったけど、変なステッカーが貼ってあった」
「変なステッカー?」
「うん、なんか弓矢みたいのと赤いハイヒールが書いてあった」

 っ!? ステッカーの特徴を聞いて、俺も同じステッカーを見た事を思い出した。
 しかもそれはつい最近、俺の大事な存在を脅かした存在。

「そのステッカーの持ち主に心当たりがある」

 俺がそう言うと全員が俺に注目する。
 そして水樹が代表する様に聞いてくる。

「本当か!」
「ああ、俺もつい最近同じようなステッカーを付けた車を見た」
「誰なんだ? そのステッカーを貼ってる奴は!」

 俺は一つ呼吸を置いて

「景山修一。柚希を車で引き殺そうとした奴だ」

 恐らく犯人であろう名前を口にした。
 そして景山の名前を聞いて反応したのは、あの時一緒に居た田口だった。

「あのやろう! 懲りてなかったのか!」

 田口が掌にパンッと拳を打ち付ける。
 だが、先日の事は今日柚希の口から説明する予定だったので、田口以外はピンと来ていない。
 とりあえず情報を共有した方が良いと判断し、何があったか説明する事にした。

「実は……」

 俺が話し終えると、口々に景山への怒りの声を漏らす。
 そんな中、俺は一刻も柚希と沙月の救出に向かう為動いた。

「水樹! 悪いがまたバイクに乗せてくれ。二人を助けに行く!」
「おう! 任せろ!」

 相手は車なのでバイクで移動した方がいいと判断した。
 水樹もバイクを使う事を快諾してくれ、店を出ようとした時

「お前ら、さっきから何騒いでるんだ? 流石に店長としても逃せないんだが」

 と言いながら俺達のテーブルにやって来た。
 くそ! こんな時に! 
 一刻も早く捜索に向かいたかったので

「真弓さん! 事情はこいつ等に聞いてください。俺は一刻も早く助けに向かわないといけないので」

 と言って真弓さんの横を通り過ぎようとすると、ガシッ! と腕を掴まれた。
 無理やり振りほどこうとしたが、嘘の様にビクともしなかった。

「落ち着け友也。何があったか話してみろ」
「チッ! 俺は落ち着いてます! 離してください」
「私には落ち着いてる様には見えないがな。いいから何があったか話せ」
「っ!」

 普段の真弓さんからは想像出来ない程低く冷たい声と、まるで獰猛な動物の様な眼光に身体が動かなくなる。
 早く助けに行かきゃならないのに!
 と思っていると、楓が優しく俺の手を握り

「友也君落ち着いて。闇雲に探しても時間を無駄に浪費するだけだよ」
「楓……。でも俺は……」
「柚希ちゃん達が心配なのは私も一緒。だからこそ今は冷静になろ?」
「そう……だな。ありがとう楓、お蔭で冷静になれた」
「うん、それでこそ友也君だよ」

 そう言って楓は拳の震えが無くなったのを確認したかのように手を離す。
 楓のお蔭で現状が把握出来た。
 確かに闇雲に探しても見つかるとは限らない。
 ここは大人の真弓さんの意見も必要だ。
 そう考えた俺は、真弓さんに事の顛末を全て話した。


「……なるほど、友也が我を忘れる筈だ。それで、犯人の目星はついてるのか?」
「犯人は車に弓矢と赤いハイヒールが描かれたステッカーを貼ってるので、その車を探します」

 そう告げると、真弓さんは

「そのステッカーは本当なのか!」

 と驚愕の表情と共に声を荒げた。
 そこで思い出した。
 確か真弓さんと景山は大学の先輩・後輩だったという事に。

「本当ですよ。真弓さんの後輩の景山が付けていました」
「景山が……」

 ステッカーの話をしてから明らかに動揺しだした真弓さんに向かい

「真弓さん、何か知ってるんじゃないですか? 知ってるなら話してください!」
「……それは」
「真弓さん!!」

 俺は真弓さんの両肩を掴み、しっかりと目を合わせて訴えかける。
 すると真弓さんは

「そう……だな。私が知っている事は全て話そう」
「ありがとうございます!」

 そして真弓さんは皆を集めて語り出した。

「私は今でこそこうして真っ当に働いているが昔は相当ヤンチャしていたんだ。警察の世話にもなった事がある。そんな私を慕ってくれる仲間や後輩が居て、いつの間にか私を中心としたテームが出来ていた。その時に作られたのが件のステッカーだ。真弓の『弓』と、当時いつも履いていた『赤いハイヒール』が描かれていた。世間なんて物を知らなかった私達は毎晩集まっては朝方まで騒いでいた。だが年齢を重ねる毎に世間という物が見えてきた私は、チームを解散させる事にした。その時最後まで反対していたのが景山だった。そんな景山に「お前も大人になれ」と諭し、チームは解散した。解散した後は仲間達は散り散りになり、連絡を取り合うような事も無かった」

 ここまで話し、真弓さんは一息つく様にコーヒーに口をつけた。
 まさか真弓さんにこんな過去があったなんて……。
 その思いは皆も抱いた様で、何かを口にしようとするが誰も口に出せなかった。
 そして再び真弓さんが語り出す。

「チームを解散した後、私は真面目に大学に通い今の会社に入社した。風の噂では当時のメンバーも今は真面目に働いたり勉学に勤しんでいると聞いた。それを聞いて私は安心したよ。あの時チームを解散した事は間違いでは無かったと。それから暫くして景山が店にやって来た。その時の事は覚えてるか友也?」
「はい、あの時に景山が真弓さんの後輩って知りましたから」

 頭をよぎる、不快な記憶。
 あの時は嫌味な客だなとしか思っていなかったけど、その思い出すらも怒りに拍車をかけてくる。
 自然と俺は拳を強く握っていた。

「当時、チームの解散を最後まで反対していた景山が今では東大生として真っ当に過ごしていると聞いてな。そこで漸く私の中でチームのリーダーとしての私が過去の物になった。これからは思い出として過ごしていけると思ったんだがな。まさか景山がこんな事をしていたなんて……」

 そして真弓さんは俺に向き直ると、俺の拳を優しく包んだ。

「お前がここまで怒るのも無理はないよな……すまない友也、私の認識が甘かった」

 そういうと真弓さんは深々と頭を下げた。
 事が事とはいえ、あの真弓さんが俺なんかに頭を下げるなんて。
 そう思うと、なんだか少し冷静になれた気がした。
  誰のせいだとか、誰が悪いとか、そんな事よりも今は真弓さんの情報が頼りな事は間違いない。
 
「真弓さんの所為じゃありませんよ。なんて事は言いません。ただ今は一刻も早く柚希たちを探し出さなくちゃならないんです。だから、行かせてください」

 俺の言葉を受けて真弓さんは顔を上げ

「友也は手厳しいな。だが今は友也の言う通り、アイツを見つけ出すのが最優先だな」
「はい。景山が向かいそうな場所に心当たりはありませんか?」

 俺の質問に真弓さんは首を振る。

「もう数年前の話だ。アイツも私も、当時とは何もかもが変わっている。心当たりも何も……」
 
 その言葉を聞いた水樹が頭をくしゃくしゃと掻きながら珍しく声を荒げる。

「あぁくそ! やっぱりあのステッカーの車を手あたり次第探すしかねぇのかよ! 急ぐぞ友也!」
「ちょっと待て」  
「何すか? これ以上待っていられないっすよ!」

 慌てる水樹を尻目に、真弓さんは考えを巡らしている。

「いまでもステッカーを使ってる事を考えると……うん、きっとそうだ」
「真弓さん、何か心当たりがあるんですね!?」
 
 俺は思わず前のめりになって聞き返す。
 熱くなっていた水樹も大人しくなっていた。
 そんな俺たちに対して真弓さんは、
 確信したような表情で答えた。


「あぁ、間違いない。景山は『あの場所』にいる」
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