(3)10月6日(日)20時30分

文字数 1,983文字

 うん、ハロウィンらしくなった

 カボチャオバケみたいなジャックオランタン、魔女がかぶるシャッポと箒、フェルトで作られた蜘蛛の巣が連なったオーナメントで飾り付けられたリビングを見渡しながらクラノスケが言った。サクラが短く吠えた。

 そう思いますか、サクラも 
 自分で言うのもヘンですけど上出来です 
 デコレーション、ネットでチェックしまくったかいがありました

 配送資材やダンボールも片付けたし、晩ごはんの用意もできたし、あとはノアさんが帰ってくるのを待つだけだ、とクラノスケが思っていると、サクラが耳をピーンと立てて玄関に走って行った。車がガレージに入る音がする。希空が帰ってきようだ。

「何、コレ?」
 ただいま、とリビングのドアを開けたとたんに希空が言った。サクラは「おかえりなさい」と、ブンブンしっぽを振っている。
「どうです?」クラノスケがドヤ顔で聞くと、
「お、いいんじゃない?」と、希空の反応はいたって普通だ。
「あれ?もうひとつだった?」
「いや、そんなことない」
 ハロウィンで部屋を飾ることなんてしたことがない。クリスマスだって、もう何年も。どんな反応をしたらよいかわからないのが、希空の正直な気持ちだ。

「ごはん、できてますよ。おなか減ったでしょう?」クラノスケが話題を変えて、ダイニングテーブルへ促した。
 希空がバックパックをキッチンカウンターに置いて座ると、テーブルの上にはとりの天ぷらが並んでいた。豆腐サラダもありバランスがとれた献立だ。
「とり天ぷら、作ってみました!今日、テレビでやってたんですよ」
 対面の椅子が勝手に動き、クラノスケが座って「食べてみて」と言った。

 さっき食べたのは、フライドチキンだった。それを勢いよく平らげて血糖値が上昇し、まさに今、満腹中枢神経が 「おなかいっぱい」の指令を出している。だが、せっかくクラノスケが作ってくれたものを無駄にはできない。おまけに自称天使は賛辞リアクションを待っているのわかるだけになおさらだ。希空は目の前にある、とり天をひとつ食べた。
「うん、おいしい」希空は親指を立てた。ごま油の香りがよくてイケる。ふたつめを酢醤油につけていただく、悪くない。だが、みっつめはさすがに躊躇した。満腹中枢神経がレッドカードを出している。

「食べて・・・きましたね?」

 クラノスケの声がした。
 希空がとり天から視線をあげると、向かいに座っている自称天使は腕組みをしていた。
「なんでわかったの?」
「いつもはパクパク食べるけど、そうじゃない。それに」
 と、クラノスケは希空の胸のあたりに人差し指を向けた。ナニ?と希空が言う前に、「シミ」とクラノスケ。
 白Tシャツにヤムニョムチキンのソースがついていた。希空は慌てて立ち上がるとキッチンに行った。お団子ヘアが教えてくれたとおり、食器洗剤をつけて赤い染みを取っていると、
「残りはお弁当にしましょう。無理して食べないで」
 後ろにクラノスケが立っていた。
「今度から連絡ください」
 悪かった、と希空は謝ったが疑問がわいた。
「でも、どうやって?」
 クラノスケが、にかっと笑った。この展開は嫌な予感がする。なんとなく、おかしな方向に話が行きそうな・・・
「スマホ、買ってください」
 ホラ、やっぱり!自称天使のくせにコイツの物欲は止まることがないらしい。
「アンタ、通話できないじゃん」
「他の人とはできないけど、ノアさんとは会話できるはずです。それに、タッチパネル押せるからメールもできるし」
 すると、希空のバックパックからスマホが浮き上がり、SMSのアイコンが現れて、「ナイスアイデアでしょ?」と、文字が勝手に現れた。
 ああ、その手があったかと希空は感心した。いや、待て。
「アンタ、契約できないじゃん」
「ボクが契約できなくても、方法があるじゃないですか」
 自称天使が人差し指を垂直に立てた。
「もう一台契約すればいいんですよ」
「誰が?」
 自称天使は人差し指を水平にした。やはり、そうきたか。
「メールなら、パソコンでできるじゃん。アタシがいないとき、使ってるじゃん!ネトフリ見てるじゃん!」希空が反論する。そもそも誰が料金、払うんだ!
 ヒートアップする希空に相手は冷静に言った。
「メール、ノアさんすぐに見ます?スマホ鳴らしてテキスト打ってくれたら、すぐわかるでしょ?今日みたいなときも連絡できますよ」
 それに、とクラノスケは続けた。
「オレがスマホに連絡したら、ノアさんが忙しい時は別にして、あとできっとみるでしょ?オレが晩ごはんの材料で思いついたモノだって、帰りに買ってきてもらえますしね」
「それはそうだけど」希空の勢いが止まった。
「ボク、誰のためにごはん作ってるんでしたっけ?」
 自称天使は希空の身長より少し低くなるまで腰を落とし、上目遣いで言った。

「それに、スマホには家族割引きがあるじゃないですか」
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登場人物紹介

槇原希空     聖ガブリエル病院から東都総合メディカルセンターへ出向を命じられた救急救命医。

         出向先が借り上げた一軒家に引っ越した日に自称天使が現れる。

  


山田クラノスケ  希空が引っ越してきた家に現れた(翼がないのに)自分は天使だと言い張る

         「自称天使」。限られた人間にしかその姿を見せない。


加藤誠                 東都総合メディカルセンター長 サージカルシステムロボットを使った

                         低侵襲心臓手術の第一人者。 希空の元指導医 東都医科大学 教授

椎名有紗                東都総合メディカルセンターに交換研究プログラムで派遣された臨床医。

          お団子ヘアと眼鏡がトレードマーク。

清水初音     全国展開の最大手スーパー、ピュアマーケット社の会長  

永瀬准      東都医科大卒の救急科専攻医 長身ですらっとしているので希空から「スラレジ」と

         呼ばれている

稲垣邦紘      東京地方検察庁特別捜査部の検察官   

前川悠人      東都総合メディカルセンター脳神経内科専門医

          最近結婚した薬剤師の奥さんとおいしいスイーツの店を訪ねるのが趣味。

James Brennan     インターフューチャー社 メディカルテクノロジー事業 副社長

ジェームス ブレナン

神崎 恭輔      防衛総省 高級官僚

岡田健斗     ジャパンサテライト放送(JSBC)の報道番組ディレクター 東都医科大出身 

         希空の先輩

藤沢徹      防衛総省外局 防衛研究庁 技術開発室長 

志賀直樹     経済省 産業技術開発局 国際標準課職員 

         防衛総省外局 防衛研究庁 技術開発室に出向中  

橘 涼祐      東都総合メディカルセンター 神経外科医

加藤紗英     加藤の妻。料理研究家・フードコーディネーター。希空の先輩

サクラ      希空が飼っているゴールデンレトリバーの女の子。賢くて面食いな犬。

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