(4)9月30日(月)米国 ニュージャージー州 東部標準時間 午前7時
文字数 1,174文字
紅葉が始まった湖のほとりを30分程度ジョギングしたアシュリーが家のドアを開けると、コーヒーとベーコンの香ばしい香りがした。
「アシュリー、朝ごはんいただきましょうよ」
シンディはダインニングテーブルにはつかず、朝食の乗った皿をもってカウチソファーに移動しつつ、スクランブルエッグの上にあったカリカリのベーコンを口に運びながら声をかけた。どうやら、両親の教育計画にシンディへのマナーに関する事項はなかったようだ。マッティとメイは、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
「シャワーあびてくるよ」
アシュリーは軽い足取りで2階へあがった。
「ホント、あの子はおとなしいの。生活のことも仕事の話とかも全くしないし。ストレスためてないか、ちょっと心配だわ」シンディが両親に言う。
「あれくらいがちょうどいいさ。男はあまりベラベラしゃべると軽く見られるからな」
「あら、アタシの知っているナイスガイはよくしゃべるわ」とメイ。
「うん、気を許した女性は別さ」見つめあっている彼等を目の前にして、シンディが肩を竦めた。
※
アシュリーが高校時代に使っていた2階の部屋は、改装されてちょっとしたリゾートホテルのようなゲストルームになっていた。独立したバスルームもついている。
シャワーを浴びてバスローブ姿のアシュリーが部屋に戻ると、机の上に置いていたブラックフォンが鳴った。
終話ボタンを押した彼は着替えて荷造りを始めた。20分後には、ジーンズにTシャツ姿でバックパックを背負って階段を降りた。
「朝ごはんは?」
リビングでコーヒーをすすっているシンディがアシュリーの恰好を見て不思議そうに聞いた。
「どこか、いくのかい?」と、マッティ。
「キャンピング?」メイも続けて質問する。
「休暇が終わっちゃった。日本に戻るよ」と、アシュリーは玄関のドアを開けた。
今日も一日秋晴れが続きそうだ。ダッドは明日、こちらに来る予定だから、家族の相手は父親にまかせよう。アシュリーは、バジェットレンタカーから10日間の契約で借りた白いジェッタの後部ドアを開けて、バックパックをおいた。慌てて玄関からでてきた三人は、状況が呑み込めずぽかんとしている。フォルクスワーゲンのフロントドアを開けながらアシュリーが言った。
「シンディ、また東京で。メイ、マッティ、次はガールフレンド連れてくるよ」
そう言って彼はフロントドアをしめると、車を発進させた。
※
2時間後、アシュリーはニューアーク・リバティー国際空港のターミナルCにある88番ゲートにいた。彼の手にはユナイテッド航空のチケットがあった。だが、そのチケットは東京行きではなかった。
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