(1)10月6日(日)17時
文字数 1,739文字
庭でボール遊びしているサクラにクラノスケが声をかけたが、彼女はボールに夢中で、戻る気は全くなさそうだ。やれやれ、あと15分はかかりそうだとクラノスケが思ったとき、宅配車両が門扉の前に止まった。軽トラックのドアから出てきたのは、男性の若い配達員だ。インターホンが設置されている門扉に近づいてくる。
あれはきっと、ノアさんに頼んでネットショップで購入してもらったハロウィングッズだ。
「お兄さん、待ってたんですよ!」
クラノスケが門扉の内側から呼びかけたが、聞こえるわけもなく、配達員はインターホンを押した。希空は仕事に行ったきり戻ってこないため、インターホンの応答は無い。配達員は玄関先に宅配ボックスがあるのがわかり、門扉を開けようとするが内側にロックがかかって開けられない。希空は配達があることなどすっかり忘れて、ロックをかけたまま出かけたようだ。しばらくインターホンを鳴らしていた配達員は、腰につけたポーチから不在連絡票を取り出した。
このまま、帰してなるものか!
早く飾りつけしないとハロウィンが終わってしまうし、忙しい配達員さんにまた来てもらうのは心苦しい。だが、自分がロックを外して門扉を開けてしまえば、お兄さんは腰をぬかすだろう。なんせ、普通の人々にオレの姿は見えないし。
と、クラノスケにいい考えが浮かんだ。
「サクラ、こっちにきて」
自称天使が手まねきすると、遊んでいたサクラがナニ?ナニ?と、しっぽを振ってクラノスケに向かって走ってきた。思惑どおりだ。
「ココに座ってお兄さんに挨拶して」
クラノスケは自分の隣を指した。ちょうど門扉の縦格子を隔てた配達員の前だ。サクラは門扉の内側に座って「いらっしゃい」としっぽを振った。配達員は突然現れたゴールデンレトリバーに驚きながらも犬好きらしく、
「わんちゃん、かわいいね!」
と声をかけた。サクラも悪い気はせず、配達員に向かって笑顔のような表情を向けた。
サクラは誰からも好かれる子だな、とクラノスケが思っていると
サクラは門扉の引手に前足をかけて配達員に撫でてもらおうと、縦格子の隙間から鼻を突きだした。クラノスケがタイミングよくロックをはずして門扉を少し動かした。
「開けてくれたんだね、賢いね」
配達員が門扉を少し開けてサクラを撫でた。嬉しそうにしっぽをバンバン振っている。
「そこにいてね。すぐ戻るから」
と、配達員はサクラに言うと配送車に駆け足で戻って行った。
「ホント、サクラ天才ですね!」
クラノスケが言うと、ゴールデンレトリバーはドヤ顔をした。
配達員はダンボール2箱を重ねて運んでくると、ゴールデンレトリバーが外に出ないように気を使いながら、宅配ボックスに入れてくれた。その間、サクラは「撫でてアピール」で配達員にくっついて回っている。配達員も腰を落として、サクラの耳の後ろを撫でてやっている。
「サクラ、それくらいにしないと、お兄さんが困りますよ」
クラノスケが窘めたにも関わらず、サクラは自称天使をチラリと見たものの、配達員が手を止めようとすると、「やめちゃダメ、撫でて」と催促している。しばらくは配達員もサクラをかまってくれていたが、腕につけたスポーツウォッチを見ると、おっと、と立ち上がった。
「行かなきゃ。わんちゃん、またね!」
配達員は丁寧に門扉をしめて配送車に戻って行った。サクラは名残惜しそうに、縦格子から彼を見送った。
「ふん、サクラはイケメンに弱いんだから」
配送車が見えなくなると、クラノスケが拗ねたように言いながら宅配ボックスに近づいた。サクラがクラノスケのご機嫌を取るように、しっぽフリフリでついてくる。次の瞬間、宅配ボックスの扉が開き、ダンボール箱が2つ、ふわりと浮き上がった。ゴールデンレトリバーは、それを見るや否や玄関ドアに走っていき、ドアノブに前足をかけて器用に開けた。開いたドアから、重力に反した箱が進んでいく。
「さすが、サクラです!ボクたちは、最強コンビですね」
クラノスケが親指を立てると、サクラが同意するように小さく吠えた。
「さあ、飾りつけしないとね!」
サクラが玄関を入ると、ドアは勝手に閉まった。どうやら、自称天使の機嫌は直ったようだ。
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