(7)10月20日(日)14時
文字数 2,551文字
カリカリに焼いたベーコンにレタス、トマト、チーズをはさんだサンドイッチとアボカドサラダにお団子さんはご満悦だ。一つで男性でもお腹いっぱいになるサイズに仕上げたけど、すでに二つめだ。多めに作っておいてよかった。
「料理できるんですね。マジ、オドロキです」
いえいえ、ボクが作りましたから、と思わず声が出たけれど、お団子さんに聞こえるはずもない。お昼に宅配ピザを頼もうとしたノアさんが、頷きながら勝ち誇った表情をしているから悔しさ倍増だ。
偏見だと言われるかもしれないが、ノアさんは家事に対する感性など全く持ち合わせていない。食事はカップラーメンですませようとするし、掃除機だって四角い部屋なのに丸くかけてしまう。効率的に家事をこなすことができるのは、自慢じゃないが自分のほうが上だと思っている。それに家計を預かっている身としては、無駄な出費を少しでも抑える必要がある。さっき、まんまとせしめた一万円だって浮かさないといけないし。
「いただいていい?」
ダイニングテーブルの上に置かれたケーキボックスからノアさんが取り出したのは、かぼちゃのモンブランタルトだ。白いプレートにハロウィン仕様のケーキを乗せると、お団子さんの前にも置いた。
「いただいちゃってください。ワタシのオススメです」
そう言いながら、お団子さんはタルトを皿からひょいと持ち上げた。そして、そのままてっぺんからかぶりついた。度肝を抜く食べ方だ。
「フォーク、使わないの?」コーヒーが入ったカップを差し出すノアさんが目を丸くする。
「だって、洗い物増えるでしょ?」お皿、汚れてないからしまっていいですよ、とお団子さんは平然と言ってのけた。手づかみで食べているのも凄いが、サンドイッチをあれだけたいらげたあとにケーキが入るなんて、恐るべし。
「先生は家主さん、ご存じなんですか?」
手についたカボチャ色のクリームを舐めながら、お団子さんが新たな質問をした。
「全く。アメリカかどっかに転勤になった人らしいぐらいしか」
フォークでモンブランクリームを掬いながら「会ったこともない」とノアさんは肩をすくめた。
「そうなんですかぁ」興味を失ったようで、お団子さんはコーヒーカップを持ち上げた。と、カップに勢いよく顔を寄せて香りを深く吸いこんだ。瞬く間に眼鏡は真っ白に曇っていく。笑っていいのか悪いのか、ノアさんは困っている。お団子さんはそんな相手のことなど気にしている風でもなく、眼鏡の真ん中を人差し指で押した。曇ったレンズの奥で瞳がキラリと光った、ような気がした。
「このフルーティな香り。モカ・マタリですね?」
「何でわかるの?飲んでもないのに、すごい!」ノアさんはさっきの表情と打って変わって感嘆の声をあげた。
「友人がカフェしてるんで」
いろんなことを知りたがるだけあって、幅広い人脈を持っているようだ。お団子さんはコーヒーを啜りながら、残っていたタルトのかけらを口に入れた。
「もらいものなんだけど、おいしいよね」
自分では絶対買わない最高級ランクのコーヒー豆だが、前職場の院長先生からお中元のお下がりをもらったことをノアさんは正直に告白した。
「もらいものだから、おいしいんでしょ?」ボクが思わず呟くと、彼女はお団子さんにわからない角度から牽制の眼差しを送ってきた。反論したいけど、お団子さんがいるので話かけられない。もどかしいと思った時、スマホをチラリと見たお団子さんが立ち上がった。
「そろそろ行かないと」
え、ここで?コーヒー、今、飲み始めたばかりじゃん。実にマイペースな人だ。
「もう?」と、ノアさんは名残惜しそうな素振りだ。が、本当にそう思っているのかは疑問だ。
「次の予定があるので」と、お団子さんは眼鏡の端を右手でひょいと持ち上げた。今日の勤務はなかったはずだけど、とノアさんが聞くと
「デートなんです」
え、そうだったの?ボクは思わずお団子さんの顔を見た。その、ちょっとした自慢げな表情は、ちょっとしたノアさんに対する優越感か?
「それなら、ウチに来るの今日じゃなくてもよかったんじゃ」申し訳なさそうにノアさんが言う。
「いえ、ワタシ、前から来たかったんで。とっても楽しかったです」お団子さんは、遊んでと寄ってきたサクラを撫でてやった。
「また、サクラを散歩させに来ていいですか?」お団子さんの言葉に、サクラは尻尾をブンブン振った。もう、サクラは誰にでも愛想がいいんだから。
「じゃあ、お願いしようかな」
いやいや、ノアさん、お団子さんのペースに巻き込まれちゃだめですよ。
※
お団子さんは帰ったあとは嵐が過ぎ去ったようだった。
「いろいろサンキュ。助かった」
片づけを終えたノアさんが、ソファに座っていたボクの隣に座った。ぶっきらぼうな言い方だけど、まあ、許すか。
サクラはソファの下で昼寝中だ。お団子さんにいっぱい遊んでもらって疲れたのだろう。ノアさんには親しい人とかいなさそうだったので、遊びに来てくれる人がいることはよかったと思う。でも、友人を選ぶセンスは家事同様に微妙じゃないかな。まあ、サクラに好かれる人に悪い人はいないと思うけど。
「お団子さんって、ユニークなキャラですね」
ノアさんに話しかけてみたが、返事の代わりに静かな寝息が聞こえた。
ソファのひじ掛けにもたれて彼女は眠っていた。その寝顔を見ながら、中国時代劇の登場人物ことで、お団子さんに質問されて困った顔を思い出した。あのドラマ、見てないって言えばそれで終わったのに。相当、慌てていたらしい。焦ったノアさんを見る機会はそんなにないから、ちょっとトクした気分だ。だけど、お団子さんにボクのことを「なんかいますか?」って聞いてたのは、ちょっとヒドくないか。ま、そんなこと言うと「天使は、もうちょっと寛大なんじゃない?」って反撃されるだろうけど。もちろん、天使たるもの、そんなことにこだわらない。いや、こだわってるかな。だから翼がないのかもしれない。ま、どうせ中途半端な天使だから。
※
クラノスケは軽く溜息をつくと、くすっと笑った。ソファの隅に置かれていたブランケットがふわりと宙に浮いた。
(ログインが必要です)