(2)9月27日(金)18時
文字数 1,888文字
どうりでこの広さの一軒家が、社宅費3万円だったわけだ。貸主はユーレイがでるからだれも借り手がいないのを知っていて、ちょうど物件を探していた病院にホイホイ貸したのかもしれない。だが、この話を総務課長にしてよいものか。いや、まず心療内科を受診しろと言われるだろう。どうしたものか。絨毯の滲みとりの後に、サクラの散歩も加わって疲労困憊の
「大丈夫?」
クラノスケの心配そうな声がした。目を開けると、すでに部屋は暗くなっていて廊下の灯りがもれていた。希空は空腹からの機嫌の悪さも手伝って、返事をする気になれなかった。食べたものといえば、冷凍チャーハンと冷凍ギョーザだ。引越して来る前にクーラーボックスに入れて持ってきたものだ。これと言った食料はグラノラバー以外なくなっているが、もう買い物に行く元気もない。
「灯りをつけましょう」
ピシッという軽いラップ音とともに部屋の照明がついた。
「なんで勝手に電気がつくの?!」
飛び起きると同時に大きな声が出て、希空は思わず手で自分の口をふさいだが、そんなことをしても無駄だと思い直して、両手を腰にあてるとクラノスケに疑問の表情を投げた。だが、相手は
「電気はつきませんよ。そもそも、オレ、その日本語おかしいと思うんですよ。つけるのは灯り」と返された。ああ言えばこう言うヤツだ。希空はこっそり舌打ちして聞いた。
「ねえ、アンタ、どっか行くとこないの?ずーっとここにいるわけ?」
「何かしようと思うと、その通りにできるんですよ。で、灯りはボクがつけました。でも、なぜできるのかはわかりません。コレ、ひとつめの質問の答え。ふたつめの質問の答えは、行くとこないからです」
肩を竦めて理路整然に答えた自称天使に、希空はふくれっつらになった。
「・・・出るなんて、大家さんから聞いてない」
「ユーレイじゃありません。天使です」
「ユーレイ、って言ってない」と、希空はソファから立ち上がった。この話は堂々巡りになる。
「ご飯は?」
「もう、食料ないし」ぶっきらぼうに希空が答える。
「じゃあ、買い物に・・・」クラノスケが明るく言うのを「寝るし」と、希空が遮った。また寝るというのが本当だが、そう、こんなときには寝るに限る。サクラもリビングでぐっすり寝ていた。ソファから立ちあがって階段をあがる。左側の10帖部屋が寝室だ。とっととベッドに寝転がろう、とドアを開けたとき、
「あのう、すいません」
後ろを振り返ると、彼が申し訳なさそうに立っていた。
「なんで、ついてくるわけ?」
「いや、ボク、どこで寝たらいいのかなって・・・」
希空は腕組みをした。
「あ、いや、別に一緒の部屋じゃなくても・・・」と、相手がぼそっと言う。
「あたりまえじゃん!ソファで寝てよ」
家主が置いていったリビングのソファは引き出すとベッドになるが、3人がけなので足をひじかけにおくか、少し丸くなると男性でもソファのままで十分寝られるサイズだ。クラノスケは不満げだが頷いた。
「布団いらないよね?寒いとか、熱いとか感じないでしょ?」
アンタ、天使なんだし、と追加された希空の言葉にクラノスケが食い下がった。
「いちお、貸してもらえます?昨日はなんだか物足りなかったし」
ということは、昨日もこのソファで寝たということか。今度は、希空が不服そうな顔をしたが、だまって、クローゼットの中からブランケットと枕を取り出すとクラノスケに投げつけた。
「投げなくてもいいでしょう?」
クラノスケはしかめつらをすると、ニュートンの法則を破ってブランケットと枕を宙に浮かせて移動させた。
「いいから、早く行って!」
「はいはい」
クラノスケが、手をかざすとドアがガチャリと音をたてて開いた。
「ボクだけならいいんですけど、毛布と枕はそうはいかないんで・・・」
「いちいち、説明しないでよ!」
終わりまで言わないうちに希空が爆発した。が、ふと冷静になり、
「1階の部屋には入らないでね」と付け加える。
「どうしてですか?」やっぱり、そう来ると思った。希空は小さい息を速く吐いた。
「家主さんのプライベートなものが入ってるからよ。玄関すぐの部屋!この家は、家主さんが外国に行っているあいだ、家具付で借りてるのっ。アタシは鍵がかかってるから入れないけど、アンタはユーレイ、失礼、天使なんだからどこでも入れるでしょ!」
希空が捲し立てると、
「そんなに強く言わなくても・・・はいはい、わかりました。お休みなさい」とクラノスケはうなだれて出て行った。
希空は、ぶすっとしてベッドに入ると、布団を引っ被った。
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