第3話  唐山自動車(2027年)

文字数 1,862文字

(智子が、唐山自動車で働いていた頃を回想する)

マスコミが、インタビューをしていた。

「今月の出荷台数は、前年比の50%まで、落ち込んでいますが、販売不振の原因は、何ですか。」

「やはり、価格だと思います。2020年頃までは、当社の自動車は、壊れにくく、故障が少ないということで、価格を高めに設定しても、売れていました。しかし、EVが主流になった結果、部品の耐久性が低くとも、故障する前に取り替えることが容易になりました。簡単な部品交換は、寿命が来る前に、部品を宅配して、ユーザーまたは、EVスタンドで部品を交換する方法が確立しています。EVになって、部品数が減った効果も大きいです。自動運転機能の付いている自動車であれば、自動車を使わない夜間に、自動車が、自動運転で、修理工場に行って、修理ロボットが無人で部品交換をします。2035年頃には、この無人自動修理機能が実現すると考えられています。つまり、高価な耐久性のある部品を使うか、安価な部品を頻繁に変えるかの選択幅が広がっています。自動車用のLEDは寿命は長いですが、特注で高価です。一方、最近では、安価な普及品のLEDに自己診断機能が付いていて、製品寿命に近づくと、交換信号を発信する製品が増えています。こうなると、安価な製品を使っても、問題がありません。普及品の部品を使った結果、EVの価格が下がりました。最近の当社の自動車は、同等品より5割高いという調査結果も出ています。もちろん、当社のブランドには、故障が少ないという信頼があり、当社を名指しで、購入するロイヤルティの高いお客様もいますが、その数は、急速に減少しています」

「御社の製品は、他社の製品と差別化できていないということでしょうか」

「自動運転の性能は、センサーの性能、SoCと呼ばれる周辺チップも含んだCPUとOSの性能で決まります。残念ながら、当社は、SoCとOSの開発では後塵を拝しています。これから、投資を集中して追いつく、経営戦略もあります。しかし、自動運転の中心は、個別自動車の運転制御から、交通システムの制御にシフトするという予測もあります。これは、P問題と呼ばれます。自動運転が、交通システムにシフトした場合には、SoCへの投資の回収は困難です」

「つまり、差別化戦略が見通せないということですか」

「そうです。子会社の部品メーカーは、競争力のある製品を造っているところも多くあるので、生き残るでしょう。一方、アセンブリ・メーカーは、すり合わせが不要になると、差別化が、難しいのです。これは、一昔前のパソコンに似ています。パソコンは、部品をそろえて、組み合わせるだけで、作れます。自作している人もいます。5年後には、EV自動車も部品を組み合わせれば自作できると予想している人もいます。プラモデルの自動車を作ることと、実際の自動車を組み立てることに大差はないという考え方です。自動車の安全性が、部品と交通システムに依存し、自動車のアセンブリの性能が影響しなければ、これが実現する可能性もあります」

「これから、どうするのでしょうか」

「今のところ、家電メーカーの間違いは繰り返さないつもりです。普及価格帯のEVは、労働組合と協議して、アセンブリを全てロボットで行い、薄利多売のビジネスを続けるつもりです。この方針では、雇用が維持できるのは10%だけです。20%は、子会社に移って、部品開発をしてもらいます。70%は、レイオフになります。それでも、家電メーカーの様に、全滅するよりはましです。

残った10%は、コンセプトデザインを中心に自動運転対応の高級EVの開発を進めます。何ができるかは、実現するコンセプト次第です。たとえば、スマホを持ち歩くのは不便です。今は、スマホを自動車に接続していますが、自動車のディスプレイの中に、バーチャルなスマホを実現できれば、スマホを持ち歩く必要はありません。網膜の認識で、個人のIDを特定できれば、ハードは副次的で、機能の実現が本質です。自動車を走る機械と考えるのではなく、新しいライフスタイルを提案する空間とみなさなければなりません。スマホは、IC化と量産効果で、使いたい機能を非常に安いコストで実現しました。自動車は、スマホほどではありませんが、それなりの量産効果があります。自動車の座席を健康器具や医療センサーにした場合、量産効果によって、専用製品の10分の1くらいの価格で、機能を提供できます。スマホを見習って、スマホを追い出すくらいの新しいコンセプトが必要です」

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