第18話 コーディング・シェフ(2035年)

文字数 1,653文字

(鈴乃木がコーディング・シェフ・プロジェクトの近況を説明する)

「そういえば、御社は、コーディング・シェフ・プロジェクトのパートナーでしたね。年収10億円のコーディング・シェフが、出ているというニュースを聞きましたが、進捗状況は、どんなですか」智子が聞いた。

鈴乃木が答えた。
「2010年代に、ゴードン・ラムゼイ氏が、年収30億円を稼いで、セレブ・シェフとして、名をなしました」

「ええ、それは、随分昔の話ですね。コーディング・シェフ・プロジェクトは、セレブ・シェフを越えるロボット調理器のコーデッド・レシピをつくることが目的ですよね」智子が聞いた。

「古典的な自動調理器は、シーケンスに従って、画一的な調理をしていました。それでも、下手なシェフよりはまともな料理が出来ます。例えば、マクドナルドのフレンチフライポテトは、専用の調理器の性能をあげることで、アルバイトの店員でも、それなりの水準の調理を可能にしています。しかし、こうした古典的な自動調理器は、素材の性質、顧客の好みや体調、天気や気候の違いを無視しているので、セレブ・シェフにかなう訳がないのです」鈴乃木がいった。

「そこでセンサーを投入して、それを利用した優秀なコーデッド・レシピをつくる、その狙いはわかるんです。でも、疑問は、フィードバックの方法だと思うんです。セレブ・シェフは、自分の舌で判断して、調理法を修正します。この部分をコーデッド・レシピで実現させると、機械学習を取り込むことになります。例えば、レシピの調整用バリエーションが、100種類あったとして、その各々に、美味しさのスコアがついていれば、機械学習ができます。しかし、100種類の料理に誰が、スコアを付けるのでしょうか」智子が聞いた。

「おっしゃる通りです。最大の課題は、スコアリングにあります。味にうるさくないお客様は、塩味がしっかりついていたり、砂糖が十分入って入れば、満足なさいます。しかし、舌のこえたお客様は、それでは満足しません。塩味を強めにすれば、素材の少しの劣化は、わからなくなります。しかし、それをすると、レベルの高いお客様からは、見放されてしまいます。

飲食店の評価サイトに表示されるスコアが使い物にならないのも同じ理由です。お客様のレベルも1次元では表現できないのですが、簡単にイメージしやすいように、お客様のレベルが、<素人~プロ>の軸の上で表現できるとします。そうすると、美味しさのスコアは、各レベルに対応した評価曲線で表されます」鈴乃木がいった。

「美味しさのスコアは、1つの数字スカラーではなく、数字の並んだベクトルになるということですね」智子が聞いた。

「ええ、そうです。ただし、1次元にはなりきれないことも多いです。エスニックの香辛料がダメな人、グルテンフリーでないとダメな人もいます」鈴乃木がいった。

「パクチーなどは、昔は香りを受けつけない人が多かったでしょう。でも、流行すると、何故か、大好きという人が増えてしまう」智子がいった。

「残念ながら、そうした不連続な流行現象には、対応できません。現在は、素人、中間層、プロの3レベルで、評価スコアを付けています。こうした多次元評価の問題は、レシピだけではなく、選択のあるところなら、どこでも共通の問題です。自治体の政策選択でもおなじです。給付金をばら撒くのは、選挙対策にはなりますが、問題の先送りです。でも、難しいことをいうと選挙に落ちてしまう。どこかで、バランスをとるしかありません。

セレブ・シェフの顧客は、舌のこえた人です。現在のコーディング・シェフの顧客は、素人が主体です。弊社は、年収10億円のコーディング・シェフに満足している訳ではありません。コーディング・シェフを通じて、素人のお客様にも、次第に、本当の味を理解していただく。その理解に合わせて、少しずつ、塩と砂糖の量を減らすなどレシピのレベルアップを図る。それが出来て初めて、ロイヤルティの高いお客様を得ることができます。現在は、まだ、入り口です」

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