第29話 出生率対策(2032年)

文字数 2,229文字

(智子が政治集会で、出生率対策を論ずる)

「少子化対策に対する政策を教えてください」

オンライン政治集会で質問が出た。

智子が口を開いた。

「私は、少子化という問題があるとは考えていません。

少子化という言葉は、人間を家畜のように数で取り扱っています。
人口が増えれば、経済が成長するという考え方です。

しかし、なぜ、経済の成長が望ましいのでしょうか。
そこには、経済が成長すると、所得が増えて、人間が幸福になるという暗黙の了解があります。

つまり、少子化対策は、人間が幸福になる手段にすぎません。

政治の目的は、住民を幸福にすることです。

幸福とは、どんな状態を指すのかという明確なビジョンのない政治は不毛です。

幸福になる手段は一つではありません。ビジョンに従って、適切な手段を探して、選択していくプロセスが必要です。

赤ちゃんがいて、すくすく育っていく。こうした状態は、親だけでなく、地域の住民にとっても、幸福な状態ではないでしょうか。

ところが現実は違います。

シングルマザーが赤ちゃんを育てようとすると、貧困になってしまいます。

政治は、赤ちゃんがいて、すくすく育っていく環境をサポートしていません。

既に生まれてきた赤ちゃんの処遇を変えても、出生率に変化はありません。

だからといって、出産に集中して政治がサポートするのは、人間を手段としてしか扱っていない発想です。

社会と赤ちゃんのあるべき関わり方をビジョンにすべきです。

所得が増えて、人間が幸福になると考えるのであれば、人口を増やす以外の手段もあります。生産性が上がれば良い訳ですから、DXが適切に進めば、所得はあがります。

ただし、所得については、世代間にいびつな配分が依然として残っています。若年層の給与が低く設定され、生活が困窮しています。もちろん、最近の労働者の国際化、ボーダーレス化の動きを受けて、日本国内も含んだ英語圏で、就職している人は、この低所得の問題からは、解放されつつあります。しかし、英語が不得意で、国際労働市場に参入できない労働者は、依然として、低賃金のままです。国内労働市場の形成やスキルアップのサポートが大きな政治課題です」

「赤ちゃんに、経済的な支援をする財源はあるのでしょうか」
別の質問が出された。

智子が口を開いた。
「現在の政治システムは、1950年頃に出来上がりました。ここ10年で、その古い政治システムの交代が大分進んできていますが、未だ、道半ばです。1950年代にできた政治システムは、産業分野別に、利益代表の政治家を抽出して、産業振興補助金を得るという仕組みです。このシステムは、産業振興に必要なリソースが、お金であった時代には、GDPと国民の所得をあげるという点では、有効に機能してきました。しかし、デジタル・シフトが起こって、産業構造が大きく変化してしまった結果、システムが機能不全に陥っています。補助金を投入する産業分野は、デジタル・シフト以前の分野ですので、現在では、売上は低下し、働いている労働者も減っています。公共経済学でいう政府の失敗(政府の過剰介入)が蔓延しています。産業分野がシュリンクしていますので、補助金を減額、あるいは中止しても、経済的なダメージは小さいのです。選挙で、皆様が支援して下されば、政治勢力を得て、こうした政府の失敗に相当する補助金を削減することで、赤ちゃんをサポートする財源をつくることができます」

「10年前に比べて、食品の価格が2倍近くあがっています。食料の供給は大丈夫なのでしょうか」
別の質問が出された。

智子が口を開いた。
「食料の安定供給について問題になる点は、3つあります。

第1は、一人当たりGDPを確保することです。
1980年から2010年の30年間、人口が5000万人以上の国で、財政収支が黒字の国は、日本だけでした。この間、日本は、どの国とも競り負けることなく、安定して食料を輸入することができました。2032年の現在、中国はいうにおよばず、ベトナム、インド、インドネシアとも、食料の購入をめぐって、日本が競り負けることが多くなりました。その結果、10年前と比べて、食料の輸入量が減って、食料自給率はあがりましたが、食事のカロリーは低下しています。2030年は、インドネシアの火山の爆発の結果、国際的に不作で、食料価格が高騰して、日本でも、瞬間的ですが、政治支援の遅れで、餓死者が出ました。もちろん、あの年は、特例で、その後、飢餓は発生していませんが、GDPの低下によって、食料の安定供給が脆弱になっていることは確かです。

第2は、食料の調達先の政治的な安定の確保です。2022年のロシアのウクライナ侵攻以来、食料の調達先の政治的な安定は、各国政府の重要な政治課題になりました。政治的な安定は状況で変化しますので、見極めて対策することは大切ですが、困難でもあります。

第3は、ハイテク食料生産です。土地を使わない野菜、果物、肉の生産が進んでいます。この方法で、自給率を高めることは、環境負荷を軽減する効果が大きいだけでなく、安定した食料供給に繋がります。

実は、第2と第3の点は、IT企業が得意とする分野です。つまり、国内に、優れたIT企業があれば、それは、食料の安定供給に繋がります。

少子化の話題から脱線してしまいました。本日の集会は、ここまでにしましょう。

次回のテーマを設けますが、テーマに関係しない質問も受け付けますので、是非、ご参加ください」

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