第27話 救急車(2030年)

文字数 870文字

(智子が、夫の事故の回想をする)

眼下に、救急車の赤いランプが見えた。

救急車のサイレンが近づいた。

救急車が停止して、中から、2人の看護師が出てきた。

「怪我人はどこですか」一人が、尋ねた。

「こちらです」智子は答え、看護師を庭のほうに案内した。

担架が運ばれた。

夫、道夫は、庭に横になっていた。

顔色は蒼白だった。呼吸は止まっていた。

智子は、救急車が来るまで、胸骨を押し続けていた。

看護師が、AEDを取り出して、セットした。

電気ショックを与えると、弱いながらも、呼吸が戻ってきたようだった。

看護師は、担架に道夫を乗せて、救急車に運んだ。

智子も救急車に乗り込んだ。

救急車がスタートした。

救急処置が一段落して、看護師が、智子に尋ねた。

「どうなさったんですか」

「庭で、大きな音がしたので、駆けつけて見ると、夫が倒れていました。

植木の剪定をしていたようです。梯子から落ちていました。

梯子から落ちて、打ち所が悪くて、呼吸が止まったのか、呼吸が止まって、梯子から落ちたのか、そこのところはわかりません。

ともかく、救急車をお願いして、その後は、胸骨をマッサージしました。

夫には、少し、不整脈がありましたが、他には、大病をしたことはありません。

こめかみの所に少し血がついていますので、頭を打っているかもしれません」

「わかりました。呼吸が止まった事故のときには、立ち会われていないのですね」

救急車の速度が落ちた。

救急は一旦止まり、それから、ゆっくりと動き出したが、また、直ぐに停止した。

渋滞に巻き込まれたのかもしれない。


随分、長い時間が経ったようだった。

智子は、その後のことは思い出せない。

結局、救急は、渋滞に巻き込まれ、病院に付くのが、遅すぎた。

一旦回復したかに見えた道夫の呼吸はまた止まってしまった。

病院についた時には、もうなすすべはなかった。

智子は、救急車の中の出来事がトラウマになって、渋滞からあとのことは、思い出すことができなくなった。

記憶に残っているのは、病院についてからである。

病院の救急入り口の赤いランプが見えた時までは、記憶からは消えてしまっていた。
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