第1話 セールスマン(2035年)

文字数 2,342文字

(自治体OSのセールスマンと智子との打合せ会議が始まった)

智子は、会議用のゴーグルを装着した。
あと、1分で、予約した打ち合わせの時間だ。
バーチャル会議システムのアプリを立ち上げ、会議室のドアを開けた。
セールスマンの顔が、見えた。

バーチャル会議室には、智子とセールスマンとその上司らしい3人がいた。


「はじめまして、渡辺智子といいます」智子が口を開いた。

「デザート・ストームの鈴乃木といいます」セールスマンが自己紹介した。

「隣に、座っているのが、上司のスミスです」

上司は女性で赤いスーツを着ていた。「一昔前なら、赤いスーツが勝負服と呼ばれたが、今、見ているスーツは実際に着ている物ではなく、バーチャル空間に合成されたバーチャルスーツだろう」と智子は思った。実際、リモートワークに、バーチャル会議が使えるようになって、今では、一日中、体が楽な部屋着で過ごす人がほとんどだ。智子ももちろんバーチャルスーツを使っていた。

「Nice to meet you, Ms.Watanabe」スミスが口を開いた。

「Nice to meet you, Ms.Smith」智子が返した。

「今日の会議は、鈴乃木が日本語で進めます。スミスは、自動翻訳を使い、英語で会議に参加します。鈴乃木は、栃木県の那須から、スミスはリトアニアから、参加しています。鈴乃木は3年前から、デザート・ストームの日本の販売を担当しています。バーチャル会議の調度品は、リトアニアの春の宮殿の広間のデザインをつかっています。これで、いいですか」

「調度品の設定は、なんでもかまいません。今日は、無理をいって申し訳ありません。何しろ、案件に、反対する人が、どこにでもいるから。今回は、秘密裡に、私一人で、話を聞かせてください」智子がいった。

「わかりました。会議を始める前に、スクリーンのチェックシートにマークつけて頂いてよろしいでしょうか」

鈴乃木が、椅子に座ると、バーチャル会議室にスクリーンが降りてきて、プロジェクターのスイッチがONになった。


「このスクリーンですね。わかりました」智子が返事をして、チェックを始めた。

「ところで、この砂糖は、何に使うのですか」智子が聞いた。
「コーヒーブレークで使います。プレゼンを効率的に行うためには、お客様の思考パターンや嗜好に合わせた説明が効率的です。バーチャル会議の場合には、時間がたつと人間が慣れて、感受性が変化することがわかっています。このため、弊社では、バーチャル会議では、コーヒーブレークのリアル空間を挟んで会議をしています。こうすることで、話を聞いている間には、よくわかった気がしたが、後で振り返ると何を聞いたか覚えていないといった認識ズレを防げます。紅茶の方がよろしければ、紅茶にかえますが」

「コーヒーでかまいません。理由は、わかりました」智子が答えた。



鈴乃木が、話しだした。

「これから、弊社の自治体OSの説明をします。このシステムは、電子政府として知られていたリトアニアの税収システム、最近、IEEEとISOで規格が決まった自動運転、交通システム、都市計画システム、個人情報システム、物流システム、保健医療システム、行政システム、政治意思決定システムの規格に準処しています。複数のシステムで適切な意思疎通を行いネットワーク上に集団意識を形成する最適な方法を探索する問題は、P問題と呼ばれ、シンギュラリティを実現する上での、主要な問題と言われています。このP問題は、難易度に合わせて、レベルが設定されていますが、現在のところ、P4のレベルをクリアーしているのは、弊社の自治体OSだけです。

スクリーンのシステム構成の図を見て下さい。

システムの構成は、当社の自治体OSの傘の下に、個別システム、つまり、アプリがぶら下がっている形になります。

正確に言いますと、自治体OSは、お客様に覚えやすい名称としてつけたもので、コアはLinuxです。自治体OSはLinuxとアプリの間に介在して、複数のアプリ間のデータのやりとりを容易にします。また、アプリとユーザーの間に入って、ラッパーの働きをします。こうすると、ユーザーは、アプリが違っても、同じ操作方法で、処理ができ、インターフェースが改善されます。また、ラッパーは、ユーザーが、アプリに入力するデータをコピーするので、複数のアプリ間で、入力データの共有ができます。アプリが変わるごとに、ユーザー登録し直し、同じデータを繰り返し入力する必要がなくなります。

噛み砕いて言えば、住民が、納税システム、医療システムなど、アプリ毎に、氏名、住所などを登録していたものが、一度の登録で済みます。自治体OSは、網膜認証システムにも対応していますので、自治体OSの上で動くアプリには、紙の証明書は不要です。紙の証明書が不要なばかりでなく、紙で郵送した書類も100%不要になり、環境負荷も小さくなります。紙の書類になれた人のためには、タブレット上で、紙のイメージで表示して、内容を確認することもできます。自治体OSは、共通のインターフェースを提供しますので、アプリは、プログラムのちょっとした修正で、網膜認識や、タブレット出力に対応できます。このため、重複したシステム開発はなくなります。

システムの性能は次の公式で決まります。

全体のシステムの性能=アプリの性能 X 自治体OSの性能 X システムの運用能力

野球チームで例えれば、次の公式になります。

チームの強さ=選手の能力 X 監督・トレーナーの能力 X チーム運営能力

自治体OSは、アプリの監督・トレーナーの役割を果たします。

自治体OSを有効に使って頂くためには、公式に従って、この3つの条件の整備が必要です。

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