第43話

文字数 1,412文字

             43,
 いずれにしても、ほんの数分だけの、区検への通報者の話、しかしそのひとことひとことを掘り下げて考えてみると、多くの情報を含み、そして何かの疑惑、可能性を示唆している、と判ってきた。
 この、二十歳から三十歳の女、色々と、清水由美子の死因への不審から、周囲の人物、出来事を列挙して、何れも不審だと訴えながら、それが誰か、特定の人物の名前を決して口にしていないことに村山は気が付いた。
 この通報者、関係者のすぐ傍にいて、全てを見ていた人物だと思えてくる、もし会って話をする機会があれば、それが誰か、教えてくれたらありがたい、村山は願う。
 今後の捜査要領を思い付くままメモしていたが、これら全てをうっちゃって、この通報者を見つけることに全力を注いだ方が余程確実であり、手っ取り早いのではないかと思えてさえくる。
通報者が誰か、を知るには、通報者が何処から、どの電話を使って区検に電話したかを電話局で調べれば凡そ判る。しかしそれには令状が必要であり、時間も掛かる、またそれなりの有力な申請理由が求められる。なんでもかんでも警察の思い通り、ごり押しが効かないご時世でもある。
いざとなれば、区検担当者に通報者が掛けてきた電話番号を調べてくれるよう頼んでもよい。検察の方が何かと圧しが効く。
 今は、とにかく、決めた手順に沿って動いてみるしかない、動いている間に、何処かで、この通報者に巡り会えるかもしれない、それに、そこで通報者から、その「誰か」が誰であるか教えて貰っても、証拠主義の戦後民主警察に於いては、やはり出来る限り多くの証拠を集めておかなくては起訴も出来ないご時世である。
 ごり押しに有罪に持ち込めば「冤罪」だと叩かれ、凶暴な真犯人、自ら進んで俺がやったと自供した犯人をさえ、証拠不十分だと文句言われて野に放つことに成る、そんな事例は新刑事訴訟法施行からこの一〇年の間、無数にある。電話番号調べるだけで、何日も掛かる、証拠集めするのに何日も掛かる、その間に犯人は、証拠隠滅、口裏合わせ等、何でも出来る…

 一人、港内で係留した小舟で網の繕いをしていた漁師が、捜査員に訊かれて、その日時ははっきり覚えていないが、誰が見てもやくざと判る数人の男を鹿木島に送り迎えしたと教えた。
往きには、男達は、大阪へ行けば街にごろごろするちんぴら風で、大阪のやくざ者が使う言葉で喋り、頻りと、よっしゃんが、と誰かの名前を憎ったらしげに呼び捨てし、あのガキ、と何度も罵るのを聞いた、とも云う。
 帰りには、中の一人が、兄やん、どやった、あの女、ワイにもやらせてほしかったな、せやけど、ええ体、しとったな、ワイも見てたけど、あの女、ええ声出して、兄やん、腰で迎えに行ってたな。今度来て、よっしゃん、金、出さへんかったら、今度はワイに先にやらせてほしいわ、ほんで、ほんまにあの女、連れて帰ってどこか売ってまおや、その方がよっぽど銭になる、
そんな話が聞こえた、と云った。
 この話を聞いて村山は、清水由美子の体に着いた無数の傷や擦り傷の原因は、男達から暴行を受けたためと判り、そしてよっしゃんこと、多分上村吉信を指すのだろうが、上村と清水由美子は、何か、金銭絡みのトラブルを起こして大阪から逃げて来ていたと云う背景も見えてきた。
 清水由美子と上村吉信の二人は、暴行され、命を取られる程に金に窮し追い込まれていたこともこれで想像出来る。
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