第40話

文字数 1,239文字

            40,
 町内に一軒だけ在る旅館に、県警本部から派遣された捜査本部員たちは宿泊している。青木は、スキップでも踏んで跳ねたい気分で、旅館を訪ね、食事中の、既に顔を赤らめている捜査班長村山に報告した、
 私が、柚子農園で見つけたものは、警察医が鑑定した、有機燐酸パラチオン、であり、その匂いは、清水由美子の遺体の口辺に付着していた泡と私が嗅いだものと全く同じ匂いでした、
更に青木は、私は、現場保全の為に、納屋の保管場所を杭と縄で周囲を囲い、小屋には鍵を掛けて、立ち入り禁止にしました、
と報告した。
 報告を聞いた村山は立ち上がり、同じ部屋で食事する捜査員たちに向かい、明日の予定を変更し、一同、一旦署に集合し、全員で竹中茂の農園へ行くと告げた。
 青木は、村山班長の膳の前に、別の膳を用意して貰い、酒を振舞われた。村山班長は、何度も繰り返し同じことを云った、
「幸先がええ、幸先がええ、こんなこと、我が長い犯罪捜査経歴に於いてこれだけ幸先の良いスタート切った記憶がない。青木君、良くやってくれた、仕事終わって猶、犯人への手掛かり求めて行動するなど、我々捜査官の模範とするに足るものだ、いや良くやってくれた」

 上村吉信は、薬物常習の疑いで身柄を拘留された。その間、捜査員は幾手にか分かれ、竹中茂の果樹園を主に、付近一帯の農園の、農薬管理状況を調べ、その盗難などの有無を聞き出しに出動した。
 しかしどの果樹園も、その管理状態は似たり寄ったり、その管理は、磯や浜に流れ着いた板を拾って来て貼り付けたような小屋に、殆どが鍵など掛けてなく、精々が、入口戸が強風で飛ばされないよう、小さな蝶番を付けている程度で、その気に成ればどこからでも幾らでも、そしていつでも入用の物を盗み出せる状況にあった。
 加えて、農園主、果樹園主の誰一人として、その使用量など書き残した者は居ないし、それどころか使ったかどうか、使ったとしてそれがいつだったか記憶している者さえいないことを知って、保管場所を見た時から予感はしていたが、捜査員たちは落胆した。
 それでも農園周辺で、不審な人物を見掛けたことはないかと問えば、隣の農園主がうちの納屋から鍬や鋤など農具を盗んで困っているなどの話は出て来るものの、肝心の、ひとを殺す程の怪しげな人影の目撃者は一人もいなかった。
 唯一手掛かりの有りそうな竹中茂の果樹園に、捜査班長は多数の捜査員を集めて、足跡の収集や何か物的な物を探せと命じたが、落ちた葉で一面覆われ、農園主の雨靴で踏み潰されて何も異なもの、有力なものに巡り会えなかった。
 
 村山班長は、拘留中の上村吉信を頻繁に呼び出し尋問するが、上村吉信は、ひよっとこ面のように横に逸れた口を尖らせて、犯行を吠えるように否定し、事件には一切無関係だと主張し、そしてこの2,3日は、同じ質問、同じ返答を繰り返すことに飽きたか、何を聞いても返事をしなくなり、鼻糞をほじったりして不貞腐れた態度を見せるようになっていた。
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