第15話

文字数 1,613文字

            15,
 鹿木は会社を整理し、鹿木家所有で唯一残る鹿木島に、3人の娘を連れて引っ越した。末娘の富子が、
「よしのぶおっちゃんはいつ来るの?」
と訊いたが、返事はしなかった、娘ら3人は引っ越しを嫌がったが、由美子の剣幕に圧されて渋々納得したようだった。
 由美子は片付けしてから後で行くと云ったが、云いながらその眼は揺れていた。無理強いはしなかった、云ったところで、激しく罵り返されるだけ…

 子らの転校届や住民移転届け等で訪れた役場で、元同僚に呼び掛けられて役場の外で立ち話した。
 元同僚は、鹿木の苦境を察して、慰めの言葉を掛けてくれた、
「ま、しようないや、じたばたしても、な、ぼちぼち、やりゃええや」
何の慰めにもならない。
「ま、山や土地の税金、払わんでようなっただけましや。住民税も払わんでええやろ、また何かあったら相談来る」
そう云って背中を向ける鹿木に、元同僚は云った、
「山や土地の名義、全部、あんたの名義から、上村吉信と清水由美子というひとの名前に書き換えられた、が、この吉信て云う人、あれかいな、上村定信さんの、弟さん、やな?
 それに清水由美子て云う女の人は、前に聞いたことあんねんけど、上村定信さんの、後妻さんやな、籍入ってなかった、みたいやけど、この二人が、一緒に、役場の受付来て、その後、法務局へ行くようなこと云うてたが」
鹿木が、
「税金払わんでようなった」
と云ったのは、全部、吉信が出入りする事務所の、伴野に差し出した担保物件、その分の権利書名義が伴野の名義に換わったのだと思ってそう云ったのだった。だが、元同僚は、
吉信と由美子が一緒に来て、それらを二人の名義に書き換えた、と教えた。
 二人が役場に来た日を訊くと、それは鹿木が伴野に、権利書一切を渡した2,3日後、のことだった。
 全て芝居、吉信と由美子が仕掛けた大芝居、だった、と鹿木は今になって知った。鹿木は、吉信と、由美子二人に嵌められた、のだ。
 あの日、定信の葬儀のあと、遺言書を読み上げる弁護士に食って掛かった二人、吉信の激しく罵倒する声と、由美子の鬼のような形相を鹿木は思い出す。あの後、二人は、心も体も結託したに違いない。
 定信の巨額の遺産の内、総額の8分の一ずつしか貰えなかった二人、それでも相当の額になる筈だが、二人は不満を露わに、俺は弟として陰に陽に定信の事業を助け、うちは先妻の娘を、それこそ我が腹痛めて産んだ子のように世話してきた、せやのに、この仕打ち、何ですか?おまけに、幾ら本家かも知れへんが、いきなり遺産の4分の一を鹿木公男に、事業は鹿木に任す、現金は鹿木の事業に回せ、やなんて、誰が、はいそうですか、と大人しう退き下がるつもりは有れへんで…
 定信の遺言書には条件があった、財産処分には必ず、鹿木の承認を必要とした。だが、担保に出せば、そんな条文など意味も無い。
 今、横に居て聞くように二人の声が生々しく耳に蘇った。そして鹿木を罠に嵌めた二人は遂に、念願の、二人合わせれば総額の2分の一を手にしたことになる。そこから、鹿木に貸倒れた金に相当する不動産を伴野に譲れば済む。定信の遺した遺産の額から見ればそんな金、微々たるもの…

 鹿木は、狂ってしまう程に湧き上がる怒りと、まんまと子供のように騙された己の不甲斐なさに、耐えきれぬ程の屈辱感に塗れた。
 だが鹿木は冷静であろうと務めた。二人に騙されたこと、それに長年、いがみ合ってはいたものの夫婦同然に暮らしてきた由美子の裏切りを知って血が一気に逆流するほどに、怒りが納まらなかった。だが時間が経つにつれ冷静になれた。気が落ち着くに従い、却って済々するような気持にさえ成れた。
 これで、二人に遠慮しなくてよくなった、定信から信頼され、後を託された事業の不振を責められることもなくなった、却って、鹿木はすっきりする。
冷静である、が、鹿木の腸は、この恥辱を想う度、怒りが煮え滾った…
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