第44話

文字数 1,103文字

             44,
 村山は上村吉信が事故後入院していた診療所を訪ねた。山代医師に、この吉信の入院中の様子を訊くつもりだったが、遠くへ往診に行って帰りは遅いと聞いて、廊下ですれ違った、五十歳過ぎたぐらいの、ガラガラ声の看護婦の足を停めて、入院中の上村吉信の様子を訊ねた。
 その看護婦は云う、
あのお二人さん、仲が良過ぎて、昼間でも、体中包帯に巻かれていても、上村さんのあそこだけ包帯から出して、ベッドの上で、女の方がスカート捲り上げてその上に馬乗りに跨って、あれして、皆、本当に、あの部屋、行くの嫌がってました。
 と我が秘事を明かすように顔を赤らめて云った、そして、
だけど、あのひと、担当は、私じゃなく、梅ちゃん、梅原さんが担当してたんで、梅ちゃんに聞いた方がええんちゃうかな、ま、誰に聞いても一緒やと思うけど。梅ちゃん、よく云ってた、あの二人、いつも、生命保険のこと、女の子二人に掛けていた保険金と、車の保険がいつ下りてくるのか、そんな話ばっかりして、その金額が幾らになるか計算して、喜んでばかりしてたって。
 その梅原さんて幾つぐらい?
と、或る期待を込めて村山は訊いてみた、
この前、梅ちゃんの誕生会してたな、ええと、確か、三一になったか、三二になったかみたいな、こと云って、ああ、いやだいやだ、って云ってたな、ええ子よ、せやけど。
 今、ここに居る?
さっき、先生の往診に一緒に行った。帰り、遅いと思うよ、忍野地区、ずっと山の奥。
       
 上村吉信と清水由美子の関係について村山は考えてみる。録音テープで通報者はこう云っていた、
『二人も、とは、誰の事、ですか?…』
と区検の担当者の問いに、通報者は
『…清水由美子さんとご主人の上村定信さん……』
と、はっきりと
「ご主人の上村定信さん」
と、云っていた。上村定信と清水由美子は内縁の仲、だったようだ。そしてその上村定信が急死した後、清水由美子は上村吉信と大阪で夫婦同然に暮らしていた、と聞いている。この辺り一帯、同じ上村の苗字を持つ者が多い。
捜査員の一人が云っていた、
 遠くは紀貫之の「土佐日記」に出て来る海賊の頭領だった家系であり、本家は鹿木家、分家が上村家、分家の分家で、上村姓が多い。分家と云っても上村定信の祖父の時代に、大阪での商売に成功し、多大の財力を持ち、定信の時代には本家分家の立場が逆転していたようです、
 その捜査員が云った、
上村吉信は定信の父親、元信の妾腹、です
 村山、俺の家系は皆な、貧乏人ばかり、誰か一人ぐらいは、と思い巡らせてみたが、どの顔も自身を含めて皆なあほ面ばかりだった。妾を持てるような甲斐性のある者など一人も居ない。

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