第33話

文字数 1,276文字

            33,
 砂浜での一件以来、二人は一日中いがみ合い罵り合うようになった。その声が広い邸でも響く。富子はその罵り合いを聞く度、耳を塞いで蹲る。
 二人の蜜月は終わった。その分、二人の、特に、以来化粧っ気もない由美子の、唇の端に男に殴られて裂けた痕が生々しく残った顔で、何かの折に擦れ違う富子を睨む目は既にひとの目ではない。
 由美子も、こんなところから抜け出してとっとと大阪へ戻りたいのだろうが、金を持ち合わせない、のに違いない。いや、今、ここを離れて、富子に遺された金がどうにか、自分の知らない間に、どうにかされてしまうことを怖れて、居続けているのかも知れない…
 吉信の、鹿木への金の督促もうるさく成ってきた。
吉信に暴行した男の捨て台詞、
(金、用意しときや、今度来て、また待ってくれていうたら、命、無い、思うときや)
決して脅しではない、ことを吉信が一番よく知っている。鹿木に借金支払いを督促する吉信の声は、時に哀願調になる。

 鹿木は、吉信と話をした、
「吉信さんに口きいて貰うたお陰で、伴野から窮場凌ぎに金を借りることが出来たが、結局俺はその金、返すことが出来ず、あんたに迷惑掛けることになった。吉信さんが、伴野に責められていることは重々承知している、本当に済まん、と思うとる。
 しかし、俺も見ての通りや、こんな島にすっこんでようよう生きとる、金を返せる宛はもうない。それで、俺は考えた、俺に出来ること何か無いかと考えた。俺に出来るのは、精々誠意示せるのは、富子の持つ、定信さんの遺産、もし万が一、富子が病気か何かで突然死んだ時に、遺族で、云うても、あんたと俺しかいない、その俺が、その遺産相続の権利を一切放棄しますと、一筆書いてやることしかない。
 ただ、ややこしいのは、由美子のことや。その時になって、あれが弁護士でも立てて、ギャアギャア騒ぎ立てたら、何ぼかでも渡さないかん、かも知れん。そこんとこは俺にもよう分らん、せやけど、あの由美子がはいそうですか、わかりましたと黙って引き下がるとは思われへん。そこんとこは、お前と由美子でちゃんと話し合うといてくれ。
 ここだけの話やけど、あの由美子の、富子を見る目は、もう人間の目、やない、獣や、いつ富子を噛み殺すか分かれへん、それもそんな先の話やない思う。
 それに、考えてみ、由美子が富子を殺しても、財産受け取るのは吉信さん、あんただけや、由美子には精々が知れてる。
ほんまにここだけの、俺と吉信さんとの二人だけの話や…]
鹿木はここで言葉を切った、暫し間を措いて吉信の表情を読む、吉信は横に逸れた唇を更に引き攣ったように固く閉じ、しかし不審そうな顔して鹿木の次の話を待つ、
「確かな情報や…定信さん、死んだんは、由美子が殺した、からや。由美子が定信に毒、飲ましたから、や…」
吉信は、目を見開き、驚いた顔をして鹿木を見る、
「確かな情報、や。ええ加減に云うてんと違う。それに、な、俺、定信さんが死んで暫くして、その話、由美子に吹っ掛けてみた…」
不信な表情は消えて、真剣な顔で鹿木の話に聞き入る…
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