第3話

文字数 1,511文字

              3,
 ふと、枯葉が転がる音がして、時山、頭を起こして外を見回した。一人のコート姿の、白髪の、それでも歳の割にはガタイの良さそうな老人が、火葬場の煙突を見上げている姿が目に留まった。その老人と目が合って、時山は無意識に会釈した。見た目、しゃきっとした服装、時山とほぼ同じ、80歳くらいか、男も会釈を返して、時山の車に近づいてくる。
 時山、起き上がって、ドアガラスを手巻きで下ろすと、コート姿の老人が話しかけて来た、
「上村吉信さんの、施設の方、ですか?」
老人の姿に見慣れ、耳慣れした時山の耳に男の声は若々しく響いた。
頷くと、男は
「杉下、と申します」
と名乗り、名刺を差し出した、「~社 代表」とあり、広島県~市と記してある。
「定年まで広島の警察に勤めていまして、上村さんには色々とご縁があったものですから上村さんが亡くなられたとお聞きし、昔のこと、懐かしく思い出しまして」
時山、元警官と聞いて反射的に身が固くなったが、ふと我に帰り、もうあのことは片付いたんだ、相応の罰も受けてこんなところで働いてるじゃないかと思い直し、それに目の前の元警官は、時山さんですか、とは聞かなかったことに気付いて落ち着きを取り戻した。それでも、どこか情けない声で、
「あ、そう、なんですか」
「施設の方に先にお伺いしまして、こちらで、うちの者が、上村吉信さんのお骨上げを待っているとお聞きしたものですから」
「上村さんの、お身内の方、ではないですね?」
「違います。上村吉信さんが死んだと当時の仲間から連絡がありまして、出来れば最後にお顔を見て、私の気持ちも整理出来れば、と思って来たのですが、ちょっと遅かった、ようです」
「何か、上村さん、何か警察に厄介でも?」
元警官杉下は、
「色々とご縁があって」
と云っていたが、時山の頭の中に、施設職員の、元は放火魔だった、放火癖があったとの話が残っていたせいで、ついそう訊いてしまった。
「いや、別に、何も、もう昔の話、で…」
元警官ははっきりと否定しなかったが、その言い方は、上村吉信の過去に何か有ったように聞こえた。そう云えば、今日の、遺骨拾いに上村吉信の身内の誰も来ていないし、職員の話では身内は一切の連絡を拒否しているとのことだったが、元警官が、わざわざ火葬の日に、しかも聞けば広島から遠路はるばる、退官して相当年数も過ぎているだろうに
「気持ちの整理をするために」
と訪ねて来た、と云っている。と云うことは、上村吉信は、身内に音信を拒否される程の重大な警察沙汰を起こした過去がある、と教えているようなもの…
 昨夜、遺体を納棺する時、上村の顔はちらちらと見えていたが、生きていた時にあちこちへと送迎するときに見た顔も、棺に納まって仰向けて眠っている顔も全く無表情で、子供らの教科書に載っていた、ムンクかモンクの「叫び」の顔を連想させるみたいに、口をすぼめて蛸のように斜めに突き出して、昔、風呂の釜口で竹筒を吹く時のような顔、どっちかと云えばふと笑ってしまいそうな上村吉信の普段の表情から、そんな恐ろしいことを想像出来るものは何一つなかった。
 ただ納棺しながら、時山は、上村吉信の顔の特徴から誰かがひょっとこの面を連想してそんな仇名をつけ、見た目に合せて放火魔の伝説を作ったのかも知れないと改めてそう思ったところだった。
「もうすぐ、終わると思います」
時山は車から出て、3号煙突の頂きを見ながら、駐車場から、火葬場の建物に向かって元警官、杉下を誘うように歩いた。杉下もゆっくりと従いてくる。
 建物内の待合室で、杉下に椅子を薦め、
「コーヒー、でいいですか」
「済みません、あったかいの、頂けましたら」
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