第35話

文字数 798文字

           35,
 数日後の、夜明け前、鹿木の寝る部屋に吉信が血相変えて駆け込んで来た。
「由美子が、泡吹いて死んでる」
鹿木は、別に驚きはしないが、驚いた振りをして部屋から走り出た。
由美子の部屋、開いた障子、部屋の真ん中で、やや厚手の浴衣を、胸の両の乳房も丸出しに、そして脚の腿を開け広げて由美子は布団からはみ出して仰向けていた。目を見開き、その口の周りに、春先のたんぼの畔の蛙のように真っ白な泡を溜めていた。
「ギエーって云う声が響いて、寝言でも叫んだんかと覗いてみたら、これや」

 鹿木からの電話通報を受けて、駐在所の警察官二人と、町の診療所の山代医師、それに看護師が一人、小舟で島に渡って来た。
 看護師は、鹿木に何かと愚痴る看護師、だった。鹿木に軽く会釈して、山代医師の横に座り、由美子の顔を覗き込んだ。そして看護師は、由美子の口元に残った泡に鼻先を近付け、泡の匂いを嗅ぐとすぐ、吐き気が我慢ならように顔をしかめた。
 吉信は警察官二人から死体発見時の状況を聴かれている。鹿木も立ち会っているが鹿木は、名前を聞かれただけで後は何も訊かれない。
 遅れて消防署員が担架を運んで来て、そこに由美子の体を載せて邸から運び出して行った。
山代医師が、警官に答えた、
「心不全、ですかね、急に発作が、心臓が痙攣した時に、だいたいこんな症状に、胃液が出て泡に成って出る時がある、ま、一応、胃液や、血液も調べてからでないと、はっきりしたことは…」

 由美子の突然死は、山代医師が現場で診立てた通り、心不全、が原因だったと、山代医師の診断に合わせて警察はそう判断したようだ。由美子の死後2,3日、同じ警官が巡回に来たぐらいでその後は一度も姿を見せていない。
 由美子の死体は、島の、雑草だらけの墓地に、町の人の協力を得て土葬された。予想はしていたが、余りに人の死を無神経に、また無頓着に扱う警察に鹿木は呆れていた。


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