第23話

文字数 1,254文字


            23,
「上村吉信さんがこっちへ来たのは、いつ、でした?」
鹿木は、はっきりその日を覚えていなかったので、曖昧なところでと断って答えた。
「あ、そうですね、ご本人さんも、その日を仰ってました。何か、ご用件、あって、のことなんですか、こちらに来られたのは?」
借金の取り立てに、と云える訳はない。
「子供らが寂しがっているんじゃないかと心配、だったんじゃないですか。実際、子供たちは大阪へ帰りたいといつも云っていましたから。本人も、気になって、ぶらっと来たんじゃないですか。子供達、皆、吉信に懐いていましたから」
「車の運転、とか、どうだったんです、荒っぽいとか、普段」
「余り、吉信のこと、知りません、ので」
鹿木の返事に興味が無いのか、それには反応せず、青木は別の質問をした、
「さっき、上村吉信さんに話、お聴きしてたんですが、ご本人さん、包帯でミイラみたいにぐるぐる巻きで外見では分からなかったので、山代先生に怪我の状況、訊きました、体中、骨折、擦過傷だらけですが、火傷の痕はなかった、との話でした。事故車も現物、見たんですが、丸焦げに焼けて、残っているのは車体の枠だけ、それも火事場で焼け落ちたトタンの屋根板みたいになっていましたね。
 よくあんな状況から、火傷一つせず逃げられたな、と、余程運が良かったんでしょうかね、ご本人にお聴きすると、事故の直前、直後の状況が、今一つ記憶がはっきりしないようで、仕方ないんですけど、あれだけの事故、起こした後、ですから」
保険会社への報告に関係が有るのか無いのか分からないような事を青木は訊くし、また鹿木が聞きもしない話をする。鹿木は、青木の質問の真意が何処に在るのか判らず、警戒心を強める。
「上村吉信さん、事故直前、癲癇気味の軽い発作が出たと仰っていたようなので、山代先生にその辺り訊きました、当日、本人は朝から風邪気味で、運転中に急に熱が出たのかして、気分が悪くなり、吐き気に襲われて、運転を誤ったんじゃないかと。
 担ぎ込まれた時、上村吉信さんの口の縁に泡のようなものが付いていて、胃液も採って調べてみたが睡眠薬とか他の薬物などの反応は検出されなかった、またこの事故直前に、癲癇の発作があったかどうかは判断出来ない、口角に残っていた泡も、通常の胃液の成分で、衝突の激しい衝撃で、胃が突き動かされたためかもしれない、と云う先生の説明でした。
 実は、大阪府警に上村吉信さんについて問い合わせたんですが、上村さんに過去に覚醒剤使用の疑いがありましたので、それが事故に関係あったかどうか山代先生に訊くと、覚醒剤使用の影響があったかどうかはもっと詳しく調べてみないと分からない、ただ今回の事故直後にはその兆候は何もなかったと云うことでした。
ま、この診断書を添えて報告書送ってやれば、保険会社も納得して保険金の支払いに支障はないかと思います」
保険金支払いに問題があろうがなかろうが、受取人でも何でもない鹿木には何の関係もないことだ。何んなつもりでそんなこと、訊くのか?
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