第42話

文字数 1,769文字

            42,
 テープを聞いた村山班長は、通報者は犯人、被害者に身近な人物だと強く確信した。
第一に、挙げられた名前が、先ず被害者清水由美子、苗字が違うが清水由美子の元夫、上村定信の名前、それに、幼い女の子二人が死んだ交通事故を起こした上村吉信、何れも今回事件に登場する人物名ばかり、
 更に通報者は、清水由美子の死因、その夫の死因を「心不全」と診断した医師を非難するような口調であり、加えて上村吉信が起こした交通事故原因をも疑うような口振り、村山は、この電話の女、事件周辺事情に相当詳しい人物だと確信する。
 初回の捜査本部会議で、青木の初動捜査を糾弾したが、この電話の女の話を聞くと、初動の過ちは全てこの医師の、確か山代とか云う名前だったが、この医者の診断の出鱈目に起因すると思えて来た。実際、検死検案書を受け取る時、県警本部から派遣された警察医はぼそぼそと、
「むちゃくちゃ、です、酷い、ですな、これは」
と云ったひとことを思い出す。
 しかし、今更、誰かの失態を責めていても埒が明かない、村山班長は、今後の捜査方針を決めていく、
 先ずは、竹中果樹園から押収した有機リン酸パラチオンの入った20L缶、既に県警監察課に送ってあるが、その鑑定結果を待つ。これが清水由美子の口辺、胃液から採取されたものと同一であると鑑定されれば、清水由美子は、竹中果樹園もしくはその近在の果樹園農家の倉庫から盗まれたパラチオン剤で、決して誤飲ではなく、無理にか騙されたかして農薬を飲まされて死んだと断定出来る。これで後は、それがどこから、どのように盗まれたかを調査すればよい、出来れば誰が盗んだか分かれば、その時点で捜査本部は解散出来る。
 その他この農園で、侵入者の目撃者や、足跡、缶に付着した指紋などから何か出てくれば、それこそこの事件、一気に解決に向かう。
 次に、電話通報者がその名を出した、清水由美子の元夫、上村定信の死因も調査しなくてはならない。村山はこの人物がいつ、どこで、どのように死んだのかまだ何も調べていないが、上村定信の遺体がこの地域で埋葬されたのなら、有難いことに、この辺りは土葬の習慣が残っており、今回清水由美子の墓を掘り起こしたが、多分その隣辺りにこの人物の遺体も埋葬されている可能性は高い。もし遺体が、胃液など採取して検査出来る程度と予測出来れば、遺体の掘り起こしを手配しなければならない。
 第三に、この上村定信の胃液からも、パラチオン剤が検出されれば、清水由美子、そして上村定信の死因が決して「心不全」による自然死ではなかったことになる。
 第四に、この通報者は、具体的にその詳細は云わないが、多分、拘留中の上村吉信が起こした交通事故のことを指すような口振りで「ただの交通事故」ではない、と別の原因による事故のような云い方をしている。この云い方に従えば、この事故の場合、上村吉信は危うく殺されかけた側の人間となってくる。
 もし、誰かが、上村吉信を事故に見せかけて殺そうとしたのなら、その誰かは、清水由美子、上村定信、そして吉信の三人の命を狙った、ことになってくる。となると、この上村吉信は清水由美子殺害容疑者候補から外さなければならない。
 逆の見方をすれば、農薬中毒症状ではなく、上村吉信本人が故意に、それとも他の誰かが何かを仕掛けて事故に見せかけて起こしたのではないかと、この通報者は訴えているようにも聞こえなくもない。
 次に、清水由美子の死体検案書に記された、顔、腕、内太腿、そして外陰部の裂傷、擦過傷など、その傷の深さや数が、どう見ても素人の喧嘩沙汰の結果ではなく、この残忍さは暴力団員、しかも複数の仕打ちであることは間違いない。上村吉信の顔にも同じような腫れや傷が無数に付いている。
 この男達を清水由美子が死ぬ前後に、誰か見掛けた者が居ないか探す必要も出て来た。府警からの資料によれば、上村吉信は暴力団が経営する町金融、闇金融関係の事務所に出入りし、荒っぽい貸金取立や、逃げた債権者を探して痛めつける仕事をしている、と記されている。組織と何か揉め事を起こし、上村吉信はこの町に夫婦同然だった清水由美子と逃げてきて、その居所を知られて、殴る蹴る、おまけに清水由美子は暴行されるまでのひどい仕打ちを受けた、と考えられる…
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