第18話

文字数 983文字

               18,
 五右衛門風呂で体を流して出て来た吉信が、板張りの風呂小屋の陰に隠れた。鹿木は、奇異に思い、隠れて様子を窺っていると、現れた吉信の右の手に、小さな注射器が握られているのが見えた。ピンと来た、覚醒剤?
 吉信が次第に痩せていく様子に以前から鹿木は気付いていた。顔の口の歪みが次第に片方の頬により、鹿木はもしかして脳梗塞か何かの後遺症か、それとも何か癌にでも罹っているのかと思っていたが、原因はこれ、覚醒剤、だった。ややこしい筋に身を置く男らの大半は覚醒剤を常習すると聞いてはいたが、まさか我が身の近くに覚醒剤の常習者が居るとは思わなかった。
 鹿木に不意に或る考えが湧いて出た。鹿木は、吉信と由美子の二人を殺そうと、しかしその方法をどうやるか考えあぐねていたが、今、遂にその方法が突然に閃いた。
 二人を殺すにしても、刀や鉈を振り回して、逃げる二人を追って斬りつけたり、後ろから不意に襲い掛かって縄か紐で首を絞めたり、バールか何かで思い切り頭を殴るなども考えたが、余りに非現実的で、到底自分に出来そうな荒技では無かった。万一失敗すれば、反撃喰らい、いや確実に吉信に反撃されてそれこそとんでもないことになってしまいかねない。
 それに、何とか二人をそんな粗暴なやり方で殺せたとしても、全身返り血浴びてずぶ濡れて、俺は何もやっていないと白を切るのは不可能だと、何を思い付き、何を考えても、どれも次の瞬間には非現実的過ぎると判って、諦めた。
 唯一、可能性のあるやり方は、由美子が定信を殺したと同じ、毒殺することこそ全てを可能にしてくれる方法ではないかと思い始め、鹿木はこの方法に拘るようになっていた。
 しかし毒薬、劇薬など素人に簡単に手に入る物ではないことは、ちょっとものの本、開いただけで知らされた。そこで、鹿木の計画は呆気なく行き詰ってしまっていた。
 だが、吉信の手に握られた小さな注射器を見た瞬間、鹿木は、これこそ完璧だと自信の持てる方法に思い当たった。全ての手順が、初手から最後の、吉信と3人の娘が、血塗れになった死体で発見されるまでの全ての光景を一気に想像することが出来た。この方法なら、これまで憑りつかれてきた毒薬を使った方法も簡単に実行出来るし、その実行後、一切知らんふりして、身内の悲劇に悲痛して泣き叫ぶ己の姿も容易に想像出来た…
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み