第4話

文字数 1,323文字

              4、
 火葬場の職員が時山に、申し訳なそうに云った、
「あと、もうちょっと、かかりそう」
時山は頷いた。職員が離れるのを待って、杉下に話し掛けた、
「私は、今の施設、勤めてまだそう長くはないんですが、上村さんは、相当以前から認知症患っていたらしいんです」
杉下は表情変えず、缶の底を上げて残りのコーヒーを喉に流し込んだ。その横顔を時山は観る、自分とさほど年齢は変わらないが、しかしその眼は、この辺りの農家の老人と違って理知的で落ち着いてみえ、元警官と聞いたせいか視線の鋭さも時山は感じた。呑み終えた缶コーヒーを、暖をとるように両手で包んで、何かほっとするような表情になり、その顔に人懐っこい表情も見えた。

 火葬場職員に呼ばれて二人は案内され、ステンレス台の上に人の形に焼け残った骨を前にして骨壺が渡された。その時、先程迄穏やかな表情していた杉下の、骨を拾う箸を持つ手が震えていることに時山は気付き、心配げに顔を覗き見た。杉下の顔に尋常ではない、現職の、時山も以前取り調べを受けた警官のように厳しい表情が浮きあがり、血の気が退いたように蒼褪めていた。
 時山は、勤める介護施設の職員から教えられたやり方に倣い、数個の骨片だけを壺に入れ、火葬場職員に壺を渡して布で包んで貰い、杉下の袖を引いて外に出た、
「大丈夫ですか?お顔の色が…」
「ああ、大丈夫です、持病で、貧血気味なんで、偶に」
「そうですか、で、この後、どうされます?車で来られたんですか?」
「いえ、電車と、駅からはタクシーで」
「もし駅に行かれるんでしたら、送りますよ、駅まで」
「そうして頂けたら、助かります」
 後部シートに、触ればまだ温もりが残る骨壺の包みを載せてドアを閉めた。杉下が、反対側のドアを開けて、自分のコートと鞄を骨壺の横に無造作に置いた。何もわざわざ骨壺の横に置かなくても、と変に思ったが、手に持って乗れば助手席が狭くなるのを嫌がったかも知れないと思って、そのまま車を走らせた。
「広島まで、このまま帰られるんですか?一日仕事、ですね」
「どうしても、最後、顔を見ておきたかったので、仕方ない、です。最後、どんな様子、でした、ですか、上村吉信、さん?」
さん、を付け足すように云った。
「私は、施設のマイクロバスの運転手で、実際に入所者に関わることは殆ど無いので、全く。ただ、時に、病院や、スーパーに何人か乗せて送迎する時にお見掛けした程度、ですが、認知の方はかなり進行していたようです、職員の話では、最後は眠るように穏やかな顔だったと聞いています」
聞いてはいなかったが、納棺の時に時山が見た顔は、事実そうだった。
「そうですか…」
会話はそこで途切れた。
 車は山間の道をくねりながら走って駅前の広場に着いた。助手席から降りた杉下は後ろのドアを開け、コートと鞄を取って腕に抱えて、運転席を覗き込み、
「お世話になりました、ありがとうございます」
と軽く会釈した。
「お気を付けて」
時山も軽く会釈を返して車を走らせた。車道に出る手前で車を止めた時、バックミラーに杉下の、駅舎内に入る姿が映ったが、時山は、ほぼ本能となった習慣通りに、前方左右確認して、駅前の広場から車道に出て行った。
 
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