文字数 1,523文字


 不開門(あかずのもん)がゆっくりと開く。お城のなかで記された文字が人魂のように光り漂い出てくる。わたしはそれをそっと受けとめ、逃さぬよう両手で包みこむ。門にむかって頭を下げると、再び門が閉じられた。いただいた文字をわたしの住む集落に持ち帰ることが、数え十四(じうし)の歳になった証となる。お城にはもう千年も牢に入っている方がいて、こうして文字を生み出しているという。いったいなんの罪を犯されたのだろう。その方の書いた文字を湯に溶かし、集落で飲み回すことで、飲んだ者がしばらく読み書きできるようになるのだ。貴重な文字をお城の傍らで受け取り集落まで持ち帰る役目は、いつからか十四の歳になった子どもが果たすようになった。うちの集落では今回わたしがその年齢になり、久しぶりに文字が手に入るとよろこんでいる。集落は城下町から少し離れているので、これから夜道を歩かねばならない。文字を包むのに両手を使っていて不便だけれど、器に入れると、たとえ金物でできた物だろうとその器ごと文字が燃え、無くなってしまうという。だから子どもが両手を使って持つのが決まりだった。文字はぼんやり光っているので、提灯がいらないのが幸いだ。町を通っていくあいだ、文字を運ぶ子どもにいたずらする者はいない。運び手に悪さをはたらき捕まると、どのような年齢や事情であろうときつくお仕置きをされるからだ。手もとに気をつけながら歩くうち町の縁に至り、木戸を通らせてもらう。わたしが出ると、小さな戸が静かに閉まった。戸の内側に、ほっと気がゆるんで広がるのを感じた。またてくてく歩いて橋を渡る。川がまるで黒いくちなわのようで、悠々と鼻息を鳴らしてうねりながらわたしを見上げている気がした。橋を渡りきると、野の大きな夜のなかにわたしはひとりぼっちだった。歩みが重くなり、心細くて立ちどまる。不安がのしかかってきた。涙がひとりでに出て、わたしはべそをかきはじめた。どれくらいの時が経ったころだろう、ふと、手になにかが触れた。毛の生えた風のようなものだ。足にも首にも触れてくる。体が縮みそうなほどこわかった。まわりに数が増えて渦を巻きながら近づき、遠ざかり、また別の渦がくる。だけどそれらがぼんやりと光りだしたので正体が知れた。いただいた文字の光に似ている。集落を出る前に大人たちから注意されていたのだ。宙を漂う野生の文字たちが寄ってきて、手のなかの文字と勝手に結びつこうとするけれども、驚いて文字を無くさないように、と。わたしは少し安心して、空を見あげた。広い闇のなか、そこかしこで文字どうしが結びついては離れている。文字を得るのはたいへんなのに、身近なところにこれほどたくさんの文字が生きていたとは思いもしなかった。これらは人が捕まえるすべを持たない文字、ふだんは見ることのできない文字、人に使われず自由に生きている文字なのだ。文字が結びつくのを見つめていると、光が差し花が咲き何か尊いものが歩む光景が見えた気がした。その尊いものを撫でた風がこちらまで吹いてくる。そのかぐわしい風は、わたしの胸を通るたびに、さびしい気もち、なつかしい気もち、うれしい気もちを、静かな火をつけるように残していく。わたしは胸が苦しくなり、しゃがんだ。たぶんこれが詩というものなんだ、と思いついた。お城の牢に捕らえられているのは、詩人という人種の人なのではなかろうか……。わたしは立ちあがると、自分の手で自由を奪っていた文字を宙に放った。それはやはり他の文字と結びつき、軽々と舞い、自在に姿を変えながら闇のなかに去った。わたしは集落に帰らなかった。わたしの胸の火に寄ってくる文字と遊び、文字たちの移ろう姿を追うだけの、当て所ない旅路を歩いている。


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