フナタビ

文字数 940文字


 海の波に揺られ、行く当てもなく船旅をしている。船の甲板上にやけに獣の姿が目立つ。大きな体で、臭気を放ちながら、自由に歩きまわっているのである。獣たちと一緒にわたしはどこに連れていかれるのか、不安になる。行き先を船まかせにしたのはいけなかったか。船首の方で僧侶の集団が誦経をはじめた。その声に励まされるように、また促されるように、人間の乗客が船首から次々に海に飛びこむ。何に絶望してそんな行動をするのだろう。すでに甲板の後方から半ば以上が獣であふれていた。人々がためらいなく投身するのを見ているうちに、わたしも海に入らねばならない気になり人間の列に並んだ。わたしの番が来たのでさあ飛びこもうと身構えると、僧侶が経を声に出すのをやめ、あなたはだめですと言う。理由を訊ねていると僧侶たちは苛立ちを隠さなくなり、わたしをお前と呼びはじめる。後ろの客たちからも不満の声があがり、わたしは腕をつかまれて獣たちの方へと放りだされてしまう。なぜだ、わたしのどこが獣と同じように見えるのかと憤慨して獣の群れを見やる。すると皆わたしの知っている姿の獣ではなく得体の知れない生き物である。ふんふんと鼻を鳴らしたり鼻で互いの顔や尻をつつき合ったりしている。ぞっとして今度は人間の群れを見ると、そちらもやはりわたしの知る人間の姿ではない。周りに広がる海だと思っていたものさえ、重く粘りつくような黒い液体がうねっているのに過ぎなかった。ここはどこで、彼らは何なのか。彼らから見てわたしが人でも獣でもない者だとしたら、いったいわたしは何者だと言うのか。胸が苦しくなり、はっと大きく息を吸いこんだ瞬間、船上から人も獣も消えていた。皆、海に戻ったらしい。何のことはない、誰も彼もそこから来た同じものなのだ。だがわたしはこの粘液の海に還れる気がしない。わたしはどこから来た者なのか? 問いかけても答える者はおらず、波立つこともやめた海が平らにつややかに彼方まで続き、わたしの乗っている船だけがぽつんと浮いている。その船さえも海に戻ろうとするのか縮みはじめた。船が無くなったら、海だけになったこの世界のどこにわたしは身を置けばよいのだろう。途方にくれるわたしに風が吹き寄せた。それだけはわたしの知る通りのものだった。


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