セイタンサイ

文字数 823文字



 夜の街は生誕祭で浮かれている。安っぽい色電球を付けた綱が至るところに張りめぐらされ、仮面を付けた楽隊が何組も練り歩く。魔術師を自称する者たちが、虹をつくる粉を建物の上階から通りの上空に撒いている。誰の生誕を祝う祭りか訊かれて答えられる人は多くあるまい。遥か昔に生きて遠方までの征伐をおこなった、わたしの父親を称えての祝事である。父は頭に角を生やした鬼の部族を侮って攻め、勝ちはしたものの、決して死ねない呪いをかけられた。殺せるのは鬼だけである。お前の方が化け物になったのだと鬼たちから言われ怖気づいた父は、大軍を置き去りにしてひとり逃げ帰った。鬼を恐れているのか化け物と言われることを恐れているのか、おそらく父にもわからなかっただろう。隠れ忍んで永く生き、果ては路地裏の工房で鳩時計の修理中に殺された。もちろん鬼が復讐に来たのに違いない。孤独に耐えられず父は何度か伴侶をもった。子どももおそらく何人ももうけただろうが、わたしの母から生まれのはわたしだけである。そして推測するに、父の呪いを分けもって生まれたのもわたしだけだろう。わたしはもう生き飽きた。ずいぶん前から鬼を心待ちにしているが、鬼の噂さえ聞かない。今宵もとっておきの口紅を付けて待っているのに、わたしのそばにあるのはいつも通りの重い退屈な時間である。鬼はもうこの世界にいないのかもしれない。窓辺に立って通りを見おろすと、小さな子どもたちが、夜遅い時刻なのに笑いながら駆けていった。わたしも呪いを恐れず子どもをつくってみようか、そんな気持ちが湧き出てきた。子どもはわたしを困らせるだろう、危ないことをしたり拗ねたり笑ったりしてわたしを途方にくれさせるだろう。だがそんな時には魔術師の粉など使わずともわたしの人生に虹がかかっていることだろう……。世界にできたいびつな角であることをやめ、自らそれを折ろうとしてみることに心を決めた。その時不意に、首筋に刃物があてられたのをわたしは感じた。


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