アカツキ

文字数 648文字


 夜の野に腰をおろす。一面に咲く苺の花。その小さな白い花びらが闇をぼんやりと照らしている。大赦により放免されるあのひとを、ここで待つ約束をした。再会は喜びであるはずなのに、なぜこんなにさびしいのだろう。忙しい日々のなかで心を放置しすぎたらしく、自分の心の形がわからない。近くの空中に、帯が浮かぶように川が流れている。時折そこを青白い光を含んだ塊が通りすぎていく。上流で水葬にされた、人間の体である。目を閉じ礼服を着て姿勢をただし、足を前にむけて滑るように静かに流れていく。最近頻繁に彼らを見かける。本当に大赦は実行されるのだろうか。疑う気持ちはありながらも、あのひとをただ待ち続ける。やがて暁光の兆しがうっすらと空の一角から広がりはじめた。大きな花が開くのを見るような気持ちになる。胸の内に小さな安堵が生まれた。もうすぐすべてがうまくいくのかもしれないと思われた。しかし一方で、かすかな音が高まってくる。砂が崩れるような、さりさりという耳障りな音である。空中の川を流れていく遺体から、青白い光が粉が散るように離れて、天空に取りつく。それらが暁光をせわしく食べているのだ。その音が辺りに大きくなっていく。わたしのそばにぽとりと落ちてきた青白い光を見れば、その正体は紙魚であった。紙魚たちは花々も食べはじめている。周りの風景が夜にもどっていく。それどころか、さらに深い闇にいざなわれていくようだ。おそらくあのひとは帰ってこないだろう。わたしは目を閉じて別のものを待つ。意外にもわたしの胸は躍っている。


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