ブタイ

文字数 621文字


 別館でお芝居が始まります、観にいらしてくださいと言われたので、夜遅い時刻ではあったがおもむいた。到着すると、広間の中央に設けられた舞台の上ではさまざまな恰好をした俳優たちが輪をつくり、それぞれが手に剣を持って自分の前の人物の背を追いかけている。その動きは非常にゆっくりとしており、観ているわたしが息苦しさを覚えるほどだ。いったい何の芝居をしているのだろう、もうすぐ固まってすべてが止まってしまいそうだ、と立ったまま眺めていたところ、不意に身体を悪寒が走った。振りむくと見知らぬ男性が手に剣を持ってわたしに斬りかかろうとしていた。わたしは叫んで逃げた。しかしあきれるくらいに身体がゆっくりとしか動かなかった。わたしは逃げる。後ろにはしつこく追ってくる男性。幸い彼もゆっくり動くだけなので、わたしは斬られずに済んでいたが、だんだん腹が立ってきた。わたしが何をしたというのか? 理不尽に対する怒りがふくれあがると、わたしの手に抜身の剣が現れた。ちょうどよい具合に、逃げていく前方に別の男性の背中があった。わたしは剣を振りあげた。男性がこちらを見、叫んで逃げだした。もう少しだったのに、とわたしは忌々しく思いながら彼を追った。ゆっくりとした時間のなかで、やがて前を逃げる男性の手にも剣が生まれ出るのを見た。気づけば広間に幾重もの追いかけっこの輪ができていた。舞台上では俳優たちがとっくに輪を解いて、笑いながら、わたしたちの命がけの様子を眺めている。


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