タキ

文字数 597文字


 わたしの乗る小舟が向かう先に滝がある。落差は大きく、この川の水が、遥か下方の穴へ青い一筋となって落ちていくのだと聞く。川の流れは速くなく、わたしの技術ならば舟を返すのは容易だ。それにもかかわらずわたしがためらうのは、屋敷や事業の権利と引き換えに手に入れた、この滝についての特別な情報のせいである。それは、この瀑布は地に開いた穴に落ち地球の中心を通って反対側の地まで至ると見られるが、地球の中心部は砂金が詰まってできているので、そこを通過中は砂金をつかみ放題で手に入れられるというものだった。実際に滝の近くまで来てみると、下方の穴から噴き上がってくる風に混じり、砂金らしき金色の粉が舞っているではないか! 情報を持ちこんだ行商人によれば、この滝についての推測を、こちらに戻ってきて証明した者はいまだいないと言う。しかし地中で砂金をつかみ取れれば、地球の裏側で望みの人生を買えるのである。誰ひとりとしてこちらに帰らないのもうなずけよう。わたしに先んじて大きな富を得た者たちに、強い妬みと怒りを覚える。とは言えどわたしも大人である。情報にまったく疑念を感じないわけではない。もし穴が反対側まで通じていなかったら? わたしは穴の底で砂金に埋もれ、這い上がることは不可能である。輝かしい富の夢に挑むべきか、挑まざるべきか。いつまでも決めかねて、わたしの銀製の小舟は川が滝に変じる手前で留まり続けている。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み