ヒッカ

文字数 508文字


 筆禍に遭った。わたしの書いた本が、貴い身分の方の秘帖を盗み見てその内容を世にさらした物であると、咎めだてを受けたのだ。街中で突然官憲に囲まれ連行された時は恐ろしかった。さらに市井の人々による好奇心の包囲。他人が大恥をかくのを待ちのぞむ多数の目。わたしは泣きべそを我慢するのがやっとだった。古ぼけた白さの、狭い取調室で、怒鳴り声と平手打ちにより厳しく問い詰められる。わたしのどんな文章が筆禍を招いたのか尋ねたが、ナニッと睨まれ叩かれたので、黙らざるをえなかった。仕舞には家族や親戚の身の安全を種に脅され、罪を認める書類に名を記した。その後は少額の罰金を払い、もうくり返さない事を誓っただけで、あっさりと釈放された。街を歩くと、逮捕の際あんなにわたしに向いた興味の目はすべて消えていて、むしろわたしは世の誰からも忘れられてしまったようだ。それにしても……とわたしは考える。わたしがどのようにしてそんな高貴な方の秘を知ったというのか。そもそもわたしは本を出版したことなど一度もないのだ。文章を書くことすら苦手で、日記もふだん怠けがち、それを先日久しぶりに開き、夜間に見た悪夢を面白がって記録したことがあっただけなのだが。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み