キザハシ

文字数 361文字


 死者の国に下りていく。死者を呼び戻すためではない、兄からわたしの指輪を返してもらうためである。井戸の底から螺旋階段をくだる。一段一段に螺鈿細工が施されてある。それを踏んでいく。濡れているので気をつけねばならない。くるくると廻りながら下へ下へ。わたしが作ったなかで一番良い出来の物を兄は取りあげ、返してくれなかった。わたしが異国に行っているあいだに兄は死に、例の指輪を嵌めたまま葬られた。わたしはいまだにあの品より良い物を作れていない。どんな作りだったか忘れかけているので、早急に返してもらう必要があった。あれに似せて新しい指輪を作り提出すれば、とりあえず帝室技芸員にはなれるだろう。そうなればわたしは兄の体を忘れて生きていけると思う。わたしは冷たさの増す闇へ下りていく。久しぶりにわたしの顔を見て兄は何と言うだろう……。


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