スガタ

文字数 1,164文字


 果し状が届いた。日暮れ時、指定された谷まで駄馬に乗っていく。早く着いたので、そこらに棲まう毒蟲を捕まえる。ここのところ生活難であったが、袋いっぱいの毒蟲を尼たちに売れば当分暮らせそうで、安堵した。それにしても、相手はいつ来るのだろう。だらしのない奴である。駄馬が待ちくたびれて時折火炎を吐いている。そも、わたしは誰の怨みをどこで買ったのか。まったく身覚えがないことにいまさら気づく。気づくと言えば、いつの間にか周りに毒蟲の数が増え、ぎらぎらと光る眼でわたしをにらんでいた。そうか、お前たちがわたしを怨む者か、売ろうとしたのは作法にそむく行為であったと、袋に捕らえていた蟲たちも出してやる。どうやら今生のことではなく前世の因縁による果し合いのようだ。ならばわたしも前世における姿になって相手をせねばなるまいと思った。今の姿より前のそれの方が、よほどわたしの真の形を表している気もした。しかし、自分が前世でどんな姿をしていたのかよく思いだせない。毒蟲どもは殺意を高めながらも、わたしが変化するのを待ってくれている。なんだか申し訳なくて、早く変わってあげようと焦るのだが、考えても考えても自分の前世の姿がわからない。なんだか今の姿まであやふやになってきた。駄馬にこの頭に火でも噴いてもらおうと思ったが、見れば地に伏せて居眠りをしている。毒蟲たちはどんどん数をまして、その眼の光が谷全体を明るく照らすほどになっていた。飛びかかろうとする気持ちをこらえて待ち続けている。ううむ、すまない、もう少しだけ待ってくれい、きっと立派な姿をしていたはずなのだ、と言い訳して瞑目し、油汗を流しながら記憶をさぐる。自分がそんなに立派な生き物であったわけがないという気もしていた。さんざん考えた末、蟲たちに訊けばわかると思いついた。眼を開けると蟲たちの姿がない。一匹もいなくなっている。彼らは皆あきれて帰ってしまったのだな! あまりの恰好悪さに赤面する思い、さぞわたしの上等な評判が広まることだろう。落胆しながら、帰るために駄馬に近寄ると、駄馬が口をもぐもぐと動かしている。もぐもぐ、もぐもぐ。ずっと口を動かしてたまに大きなおくびを出す。なんだかここに来た時よりも体に力がこもっているようだ。そう言えばなぜこいつは火など吐けるのだろう。いやな考えが脳裏をかすめる。毒蟲たちは果し状を届ける先をまちがったのではないか? わたしはありもしない自分の前世のことを必死で思いだそうとしたのではないか? 居眠りしている最中に自分の前世を思いだしたこの駄馬が、真の姿に変じて毒蟲たちを一掃したのではなかろうか? いや、もう考えることに疲れた。夜道をたどってひもじい生活に帰っていかねばならない。明日、この駄馬を売って少しばかりの銭を手に入れ、久しぶりの飯を食おう。


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