砂時計 六

文字数 2,087文字

 ファッション、オーケー。
 めんどくさいからワンピースを選択した訳ではない。ちゃんとした理由がある。やっぱり夏だから、爽やかな清楚感を出したいし、男子受けも良い。…てネットで見た。
 メイクはしっかり目で。下地で透明感を出して、化粧崩れ対策にリキッドタイプのファンデーションを使った。さらにハイライトを乗せてツヤ感を出す。
 目元も重要だ。ベージュのグラデーション。アイラインは跳ね上げで、まつ毛はマスカラを塗る。
 リップはピンクにした。さらにカルボナーラうどんが控えているので、リップコートを上乗せ。
 これで完璧! バッグはピンクにした。白地に水色のラインが入ったワンピースに合っている!
「どうかな、スピカ?」
 にゃあぁ〜、の声。はい、スピカ先生のいいね、いただきました。
 イヤリングも付けてみたりして。鏡に映った自分の姿を写真に撮って、麻衣に送ってみる。ちょうど昼休みのタイミングだ。すぐに既読がついた。
『色気づいてるな〜』また、謎のおっさんスタンプと共に、メッセージが返ってくる。出来れば綺麗だね、とか、清楚感あるなとか、そんな返事がほしかった。おっさんスタンプって。でも麻衣らしい。
 時間はお昼、十二時半くらい。高橋さんが十三時に迎えに来てくれる。
 一緒に出かけるからには、やっぱり綺麗だなと思われたいし、ちょっとした一面を見てドキドキしてほしい。何より高橋さんはおしゃれだから、釣り合うような存在でありたい。
 鏡に映った自分を見る。
 変わったな、と思う。コンビニで働きはじめるまでは、こんな風におしゃれしたり、メイクを頑張ったりしただろうか。きっとしてない。
 高橋さんと会ってから、私はどんどん変わっていってる。それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。
 時間ギリギリまで、自分のメイクやファッションが気になった。もう直しなど利かない時間だというのに。
 スピカと一緒に一階に降りる。家には誰もいない。お父さんは出張に行ったきり。お母さんは仕事。おばあちゃんはご近所の方とお茶会をしている。キッチンでスピカのご飯を用意して、時計を見た。

 時間は十二時四十五分。家の外に出ていようと思い、玄関に急ぐ。靴はヒールのあるサンダル! これで準備は整った。
 玄関にある鏡でもう一度全身を確認。異常はなし。スピカはおとなしくご飯を食べているようだ。朝は自動給餌器からご飯を食べることがあるけれど、お昼は必ず私、夜はお母さんかおばあちゃんがご飯を用意する。なぜかスピカは私に一番懐いているのだ。
 LINEの通知音が鳴った。麻衣からだった。『彩佳に足りないのは自信だけだよ。自分を信じて。大丈夫だから』瀬戸際でこうして一番のメッセージをくれる。これが私の親友だ。
『ありがと。信じる』と返信した。
「あっつ」
 外に出て、思わず声を漏らす。夏が来ている。日差しが強い。もうちょっと中にいればよかったと後悔する。強い紫外線は天敵だ。それに体調にもよろしくない。
 そんな風に思っていると、見慣れた車が道路を走ってきた。ワクワクする気持ちをぐっとこらえた。
 助手席に乗り込む。運転席。そこにあった笑顔に、まるで心がきゅっと締めつけられるみたいになった。そして、その光景をもう何度も見ている気がする。
「よろしくお願いしますっ」
 頭を下げて高橋さんを見る。こちらを見ながらまるで一時停止みたいに静止している高橋さんがいた。
「あの…」
「あ、ごめん。なんか、いつもと違うっていうか、スゴい綺麗だからびっくりした」
 なんだ、これ。めちゃくちゃ嬉しい。頑張ってコーディネートして、メイクもして、褒めてほしいと思っているように褒めてもらった。嬉しすぎる。
「いつもは綺麗じゃないってことですね、すみません」
「違う違う違う。いつも綺麗だよ。でもこうして改めて見ると本当に綺麗だなって」
 困惑しながら弁明する高橋さんが、可笑しくて可愛い。いつも落ち着いていて、どんな事態にも冷静で、ユーモアもあって。でもこんな一面もあるんだ。それを知っている自分も嬉しい。
「嘘ですよー。ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。でも、高橋さんも素敵ですよ」
「そうかな? いや、川端さんの方が素敵だ」
 また、そんなことを言う。でも今日の高橋さんも本当に素敵だ。いつものハット。襟付きのシャツはシンプルな柄だけど、ハットとよく合っているし、下の黒いハーフパンツとの色合いもばっちりだ。ハンドルを握る左腕に付いている腕時計もワンポイント。
 でも、そんな格好よりも、一番のポイントは高橋さんの笑顔だ。
「うーむ、隣の美女が気になって運転に集中できるか不安になってきた」
 なんか言っているので、高橋さんの肩を軽く叩いてみる。高橋さんが笑う。
 本当に、素敵な笑顔。私の心を満たしてくれる笑顔。そして癒しもくれる笑顔。過去の絶望とか、孤独とか、そんなものどうでもよくなるくらいだ。
 この笑顔。今日私が独り占めにできる。
 なんて幸福な日なんだろうか。
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