TIME After TIMEを聴きながら 六

文字数 2,014文字

 アパートの駐車場に車を停める。ふと上を見ると、薄明かりの街灯に、小さな羽虫が集まっていた。車から降りてキーをロックする。住宅地は静まり返っていた。
 集合ポストを開けて、無駄なチラシを手に取って丸める。鍵を開けて部屋に入ると、いつものしんとした空間が広がっていた。
 ゴミ箱を捨てると、流しで手を洗う。着ていた服を脱いで、シャツをハンガーに掛ける。ランドリーラックに設置してある洗濯カゴに、インナーシャツと靴下を入れる。そのままシャワーを浴びた。
 シャワーからあがると、部屋に戻ってiPhoneを手にする。LINEの通知がきていた。川端さんからだった。ドキドキするような気持ちと、少しだけワクワクするような気持ちが混在していた。
『鶏白湯ラーメン すでに今から楽しみです』というメッセージと一緒に、可愛いウサギのスタンプも送られてきていた。
 こちらから誘った手前、楽しみと言ってもらえると嬉しくなるものだ。『俺も楽しみにしています 金曜日の夜は少し混み合うので、早めに行きましょう 夕方の十八時くらいには着く感じにしたいので、十七時半でどうですか?』LINEのメッセージを送信する。
 iPhoneを机の上に置いてから、スウェットに着替える。座椅子に腰をおろすと同時に、iPhoneが鳴った。LINEの着信音だった。
『わかりました 当日は準備遅れないようにします』というメッセージが返ってきた。またウサギのスタンプが送られてきた。今度のウサギは丁寧にお辞儀をしていた。
 LINEの画面を見たまま、手が止まった。自分のiPhoneに、女の子から連絡がくるなんて、何年ぶりだろうか。ふとそう思い、なんて返せばいいのかわからなくなった。会話としてはこれで完結していると思う。このまま既読にして終わりでいいかもしれない。
 iPhoneを机の上に置いた。俺にはここで気の利いた返事を返せることはできそうにない。そう結論づけた。
 机の上のパソコンを起ち上げる。すぐに開いたのは、最近テレビでよく見る無料求人掲載サイトだった。自分の住んでいる大まかな地域。そして大まかな希望職種を入力して検索する。画面にズラリとリストが映し出された。
 探している工場系の求人は、契約社員やアルバイト、パートが多かった。夜勤で正規雇用を募集していたが、深夜勤務の辛さは身に沁みてわかっている。やはり人間は規則正しく生活すべきだと思う。不規則な生活は体調を崩す原因になる。
 希望に合った求人は二つほど。キープすると次はハローワークの求人を閲覧した。ハローワークのものは正規雇用と非正規雇用が分けられていたので、そこが見やすかった。ハローワークの求人は更新日が決まっているので、毎日見てもあまり意味がない。しかしいつからか、見るのが習慣のようになってしまっていた。
 しばらくパソコンと向き合っていると、いつの間にかかなり時間が過ぎていた。すでに23時半を回っている。
 求人を閉じて、インターネットでニュースを観た。気になるニュースを開いて読んでいく。こうしているだけでも、あっという間に時間も過ぎていってしまう。冷蔵庫からパックに入ったりんごジュースを取り出して、飲みながらネットのニュースを観ることに没頭した。
 時間が一時を回った時、iPhoneが鳴った。LINEの通知音だった。
 その音を聴いた瞬間、はっとした。川端さんだ。なぜかすぐにわかった。
 慌ててiPhoneを手に取って、LINEの画面を開く。やはり川端さんからのメッセージだった。返事をずっと待っていてくれたのかもしれないと思うと、心が痛んだ。パソコンを起ち上げてから、すっかり忘れてしまっていた自分がいた。
『お先に失礼します。おやすみなさい』ベッドで眠るウサギのスタンプと共に、メッセージが送られてきていた。自然と笑みがこぼれていた。
『はい おやすみなさい』というメッセージを川端さんに送る。
 つくづく気の利いたメッセージを送れない自分に嫌気が差す。それでも、そんな自己嫌悪も、川端さんのメッセージを見ていると、少しは和らいだ。そして同時に心が温かくなるような感覚がした。
 それは、しばらく忘れていた感情だった。誰かのことが頭にある。空いている自分の心のスペースに、誰かが住み着いた。するとふとした時にも、その日とのことを考えてしまうことになるのだ。
 悪くない感情だった。けれどどこかに、それでいいのかという感情が湧いてくるのも感じる。心の中のスペース。そこには、まだ整理されていないスペースがある。頭の中でいつでも蘇る笑顔。それはたしかにまだ、俺の中で息づいている。
 パソコンの電源を落とすと、布団に横になって、部屋の照明を消した。暗闇の中でじっとする。いつものように、闇が近づいてきた。
 じっと暗闇を見つめる。目を閉じる。懐かしい感覚が包み込んできた。
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