ひこうき雲 九
文字数 2,253文字
車を駐車場に停めて、大翔さんと通りを歩く。祇園祭は門前通り近くの繫華街を封鎖して行われる。交通規制がかかるのが十八時という訳だ。だから駐車場を選ぶのも大事になってくる。
私以外にも、浴衣で歩いている女の子がたくさんいた。家族連れで、浴衣を着ている小さい女の子もいる。浴衣を着たことがないといったけれど、実はあれくらい小さい頃には、着ていたことがあるのかもしれない。
「もう屋台並んでいるね」
「うん」
時間になれば、人で溢れかえるようになる。離れないように。今日は車を降りてからずっと、手を繋いでいる。
「彩佳。祇園祭、来たことなかったの?」
「記憶にある限りではねー。中学から入退院生活だったから、青春時代にお祭りに来たことはないかな」
「そうか。それはなんとも、可哀想だな」
「そうなの。可哀想でしょ。だから、今日は大翔さんが屋台の食べ物全部買ってくれるって期待してるんだ」
「なんだそれ」
大翔さんが笑う。もちろん、全部買ってもらおうなんて図々しいことは考えていない。でも、いろんなものを食べて、あれは美味しかったとか、あれはイマイチだったとか、そうしてぐるぐるといろんな屋台を回ってみたい。
「そういや、花火ってあがるのかな」大翔さんが空を見上げる。
「花火?」どっくん…。
あれ。なんだろう。花火にも期待しているんだろうか。私は。たしかに祭りといえば花火だ。それは見てみたい。
だんだんと。さざ波が押し寄せるように、人が集まってきた。この町にこんなに人がいたのか、と思うほどに。
「あ、屋台だ」
「ホントだ」
やきとりと書かれた屋台を見つけた。
「焼き鳥、かあ…」
「うん…」
私も大翔さんも、コンビニ店員ならではの反応になってしまった。だって、お店の廃棄で食べられるし。とか思ってしまうのだ。きっと私たちはコンビニを辞めた後、お金を払ってコンビニの商品を買うことに抵抗を感じるかもしれない。
「もっと違うの」
「わかってるって」
あれ。いつの間にか私、大翔さんと腕組んでる。自分でも意識しないうちに、自然とこの形になっていた。
イカ焼き。私は思わず指差していた。と同時に、大翔さんも指差していた。屋台からいい匂いが漂ってくる。私たちの足取りは、自然とイカ焼きの屋台へ向かっていた。
「四百七十円‼」
値段を見て思わず声をあげた私を見て、大翔さんが笑った。スゴいと思った。高いとされるコンビニの価格よりも高い。その値段に目を丸くしてしまった。
財布を出した大翔さんが、まるで缶ジュースでも買うかのようなノリで、イカ焼きをふたつ購入した。
「はい。彩佳、食べたがってたろ?」
「あ、ありがと…」
大翔さんが差し出したイカ焼きを受け取る。私って、実はケチなんだろうか。そんなことを思いつつ、イカ焼きを受け取る。
端っこが少し焦げたイカ焼きにかぶりつく。弾力のある食感。香ばしい風味が口内を満たす。
どどん。花火があがる。花火の音ともに、心臓の音も跳ねた気がする。市民参加型の踊りがはじまった。企業や友人、仲間で集まった大勢いのグループが、それぞれベースとなる踊りにアレンジを加えて披露する。
気がつくと、周りは人で溢れかえっていた。肩が触れるくらいの距離に人がいる。それがなんとなく怖くなって、大翔さんの腕にしがみついた。
どどん。また、花火があがる。目の前で、踊りを披露しながら、人が流れるように進んで行く。
なんだろ。映画館で感じたような感覚がまた襲ってきた。でも、今度は眠くない。周りにいる人の会話が、耳に入ってくる。
「そういや、花火見て思い出した。秋の河川敷の花火大会、今年は百回記念で、スゲー、ド派手にやるらしいぜ」
「マジ⁉ 絶対行くわ。でも寒いんだよなぁ」
秋…。花火大会…。河川敷…。なにか、思い出しそうな感じがする。これは一体なんなんだろう。
どん。どどん。今度は太鼓の音。まるで身体の底に響いてくるみたいだ。どん。どどん。聴こえる…。どどん。花火…。違う…。これは…。
どくん…。どくん…。
『行きたい、な』
うん。秋の河川敷の花火大会。大翔さん。私も行きたい。
どどん。ぱぁっ…。花火。まるで、夜空に咲く花みたい。でも、咲くのは一瞬だけなんだよね。儚い、な。
「行きたい、な。ひろくんと一緒に…」
どどん‼ぱぁっ…。
「おおーっ!」
「スゲーッ!」
「綺麗ーっ」
「彩佳? どうした? 大丈夫か⁉」
「え?」
声を掛けられてはっとなった。あれ? 私今まで何やってた? 人が増えてきて、人ごみが怖くなって、大翔さんにしがみついて、それで……。
「おい、彩佳、大丈夫か?」
「う、うん」
大翔さん、どうしたの? なんでそんな顔してるの? 驚いているような、でも、どこか困惑しているような。そんな顔。どうしたの?
「どうしたの?」
「いや、それは俺の台詞だよ。ホントに大丈夫か?」
「大丈夫だよ。いたって平気。ノープロブレム! わかった! イカ焼きになんか入ってたんだよ、きっと!」
「なんだ、それ。屋台の親父に罪を着せるな」
「イカ焼きのせいだーっ! たーまやーっ‼」
どどん。ぱぁっ…。
大翔さん。笑ってる。よかった。私、大丈夫だよね? 何も変じゃないよね?
ドクン、ドクン。
大丈夫。ちゃんと心臓だって動いている。だから大丈夫。ぎゅっと大翔さんの腕にしがみつく。大翔さんが私の顔を見る。上目遣いで、大翔さんを見つめてみた。
私は、ここにいる。大翔さんの隣に…。ねえ? 大翔さん。私、ずっとここにいてもいいよね?
どくん、どくん…。
私以外にも、浴衣で歩いている女の子がたくさんいた。家族連れで、浴衣を着ている小さい女の子もいる。浴衣を着たことがないといったけれど、実はあれくらい小さい頃には、着ていたことがあるのかもしれない。
「もう屋台並んでいるね」
「うん」
時間になれば、人で溢れかえるようになる。離れないように。今日は車を降りてからずっと、手を繋いでいる。
「彩佳。祇園祭、来たことなかったの?」
「記憶にある限りではねー。中学から入退院生活だったから、青春時代にお祭りに来たことはないかな」
「そうか。それはなんとも、可哀想だな」
「そうなの。可哀想でしょ。だから、今日は大翔さんが屋台の食べ物全部買ってくれるって期待してるんだ」
「なんだそれ」
大翔さんが笑う。もちろん、全部買ってもらおうなんて図々しいことは考えていない。でも、いろんなものを食べて、あれは美味しかったとか、あれはイマイチだったとか、そうしてぐるぐるといろんな屋台を回ってみたい。
「そういや、花火ってあがるのかな」大翔さんが空を見上げる。
「花火?」どっくん…。
あれ。なんだろう。花火にも期待しているんだろうか。私は。たしかに祭りといえば花火だ。それは見てみたい。
だんだんと。さざ波が押し寄せるように、人が集まってきた。この町にこんなに人がいたのか、と思うほどに。
「あ、屋台だ」
「ホントだ」
やきとりと書かれた屋台を見つけた。
「焼き鳥、かあ…」
「うん…」
私も大翔さんも、コンビニ店員ならではの反応になってしまった。だって、お店の廃棄で食べられるし。とか思ってしまうのだ。きっと私たちはコンビニを辞めた後、お金を払ってコンビニの商品を買うことに抵抗を感じるかもしれない。
「もっと違うの」
「わかってるって」
あれ。いつの間にか私、大翔さんと腕組んでる。自分でも意識しないうちに、自然とこの形になっていた。
イカ焼き。私は思わず指差していた。と同時に、大翔さんも指差していた。屋台からいい匂いが漂ってくる。私たちの足取りは、自然とイカ焼きの屋台へ向かっていた。
「四百七十円‼」
値段を見て思わず声をあげた私を見て、大翔さんが笑った。スゴいと思った。高いとされるコンビニの価格よりも高い。その値段に目を丸くしてしまった。
財布を出した大翔さんが、まるで缶ジュースでも買うかのようなノリで、イカ焼きをふたつ購入した。
「はい。彩佳、食べたがってたろ?」
「あ、ありがと…」
大翔さんが差し出したイカ焼きを受け取る。私って、実はケチなんだろうか。そんなことを思いつつ、イカ焼きを受け取る。
端っこが少し焦げたイカ焼きにかぶりつく。弾力のある食感。香ばしい風味が口内を満たす。
どどん。花火があがる。花火の音ともに、心臓の音も跳ねた気がする。市民参加型の踊りがはじまった。企業や友人、仲間で集まった大勢いのグループが、それぞれベースとなる踊りにアレンジを加えて披露する。
気がつくと、周りは人で溢れかえっていた。肩が触れるくらいの距離に人がいる。それがなんとなく怖くなって、大翔さんの腕にしがみついた。
どどん。また、花火があがる。目の前で、踊りを披露しながら、人が流れるように進んで行く。
なんだろ。映画館で感じたような感覚がまた襲ってきた。でも、今度は眠くない。周りにいる人の会話が、耳に入ってくる。
「そういや、花火見て思い出した。秋の河川敷の花火大会、今年は百回記念で、スゲー、ド派手にやるらしいぜ」
「マジ⁉ 絶対行くわ。でも寒いんだよなぁ」
秋…。花火大会…。河川敷…。なにか、思い出しそうな感じがする。これは一体なんなんだろう。
どん。どどん。今度は太鼓の音。まるで身体の底に響いてくるみたいだ。どん。どどん。聴こえる…。どどん。花火…。違う…。これは…。
どくん…。どくん…。
『行きたい、な』
うん。秋の河川敷の花火大会。大翔さん。私も行きたい。
どどん。ぱぁっ…。花火。まるで、夜空に咲く花みたい。でも、咲くのは一瞬だけなんだよね。儚い、な。
「行きたい、な。ひろくんと一緒に…」
どどん‼ぱぁっ…。
「おおーっ!」
「スゲーッ!」
「綺麗ーっ」
「彩佳? どうした? 大丈夫か⁉」
「え?」
声を掛けられてはっとなった。あれ? 私今まで何やってた? 人が増えてきて、人ごみが怖くなって、大翔さんにしがみついて、それで……。
「おい、彩佳、大丈夫か?」
「う、うん」
大翔さん、どうしたの? なんでそんな顔してるの? 驚いているような、でも、どこか困惑しているような。そんな顔。どうしたの?
「どうしたの?」
「いや、それは俺の台詞だよ。ホントに大丈夫か?」
「大丈夫だよ。いたって平気。ノープロブレム! わかった! イカ焼きになんか入ってたんだよ、きっと!」
「なんだ、それ。屋台の親父に罪を着せるな」
「イカ焼きのせいだーっ! たーまやーっ‼」
どどん。ぱぁっ…。
大翔さん。笑ってる。よかった。私、大丈夫だよね? 何も変じゃないよね?
ドクン、ドクン。
大丈夫。ちゃんと心臓だって動いている。だから大丈夫。ぎゅっと大翔さんの腕にしがみつく。大翔さんが私の顔を見る。上目遣いで、大翔さんを見つめてみた。
私は、ここにいる。大翔さんの隣に…。ねえ? 大翔さん。私、ずっとここにいてもいいよね?
どくん、どくん…。