くろがねマスク 二

文字数 1,681文字

 目を開けると、カーテンの隙間から日差しが入り込んでいた。
 闇はすでに去っていた。
 布団から上体を起こして、枕もとの時計を見る。時間は九時三十分だった。上体を起こしたまま伸びをして、布団から出る。
 窓のカーテンを開けると、陽の光が部屋いっぱいに広がった。生きた世界。それがどこまでも続いていた。
 灯油ストーブとコタツの電源を入れる。洗面台に行って、口の中を水でゆすいでうがいをする。そのまま顔を洗った。
 蛇口から出る水はキンキンに冷えている。両手ですくった水を顔につけるのを躊躇う。それほどの冷たさだった。
 それでもその冷たさに触れると、目が完全に覚めた。わずかに残っていた眠気も、この冷たさには耐えることができず、どこかへ吹き飛んでいくようだった。
 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップ一杯分の水を飲み、電気ケトルでお湯を沸かす。
 お湯を沸かしている間に冷凍庫からタッパーを取り出して、電子レンジに入れた。茶碗一杯分の白米を冷凍している。そのタッパーが一週間分は入っていた。
 次に用意したのは、フリーズドライの味噌汁と納豆。納豆は好きだった。
 電気ケトルのお湯が沸く。フリーズドライの味噌汁にお湯を注ぐと、たちまちのうちにわかめと豆腐の味噌汁が出来上がった。電子レンジにかけていた白米をお椀に移すと、その上に納豆をかけた。部屋に戻って朝食を口にする。
 うちの家族は全員が規則正しい生活だったが、俺は昼まで寝ていたり、深夜まで起きていたりと、どこまでも生活サイクルが合わなかった。本当に同じ家族なのだろうかと疑ったこともあった。
 一人暮らしをはじめてからしばらくは、休みの日は昼まで寝ていたりしていたが、徐々に休日は寝ていたらもったいないと思うようになった。気がついたら、いつも同じ時間に就寝し、同じ時間に起きるようになっていた。
 今年で二十七歳になった。このぐらいの年齢になると、物よりも時間が大切になってくる。もっと若い頃は時間などいくらでもあると思っていた。だがある程度自分の生活を確立すると、時間の大切さに気付かされる。
 食器やタッパーを水に浸けてシンクに置いた。歯を磨きながら電気ケトルでお湯を沸かす。食後のティータイム。だいたい緑茶かほうじ茶だ。急須からほうじ茶を注ぐ。この時代に急須からお茶を注ぐ二十代がとれだけいるのだろうか。
 食後のティータイムはルーティンのようなものだ。仕事であろうが、休日であろうが、お茶を飲む。眠る前に飲むのは冬だからだ。夏はそのまま寝てしまう。
 父に似てきた。父もまた食後はお茶を飲んで新聞を読んでいた。新聞は読まないが、ネットのニュースに眼を通している。大人になったと言えるのだろうか。
 お茶を飲み終わると、カップや食器、タッパーを洗って片づけた。まだ時間がある。窓を開けて掃除機をかけた。こまめに掃除をする。掃除機は毎日かけてもいいと、姉が言っていた。時間があれば掃除する。掃除をすると心が落ち着いた。
 時計に目をやると十一時を回っていた。職場のコンビニエンスストアは、車で十分ほどで着く。時間はまだあった。
 窓を閉めると、ノートパソコンの中に保存してあるジャズを再生し、Bluetoothのスピーカーで流した。ジャズも心を落ち着かせてくれる。特に好きなアーティストがいる訳ではないが、ジャズの曲調が好きで、ずっと聴いていられた。
 ぼんやりしていれば時間も過ぎる。いつも仕事に行く服装に着替えて、洗面台で寝ぐせを直した。ダウンジャケットを着て、玄関のシューズボックスの上の鍵を手に取る。履き慣れたスニーカーを履いて部屋を出た。
 外は風が吹いていて、まだ少し寒かった。それでも陽が差しているので、暖かいほうなのだろう。部屋の鍵をかけて、施錠を確認した。
 愛車はいつものように俺を待っていた。この間の休日で洗車場に行って洗ったので、まだピカピカだった。
 車に乗り込んで、キーを差してエンジンをかける。わずかに車体が振動し、愛車のミライースが目を覚ました。
 
 
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