ひこうき雲 四

文字数 2,064文字

 アシンメトリーの黒のニットトップス。パネルカラーのニットスカート。今日のコーディネートも完璧だ。
「どうかな、スピカ?」
 にゃあぁ〜、という鳴き声。スピカ先生、今日もいいね、いただきましたー。
 鏡の前で一度回ってみる。スピカがじぃっと私を見ている。いつもと違うなと、感じているんだろう。
 今日は楽しみにしていた、大翔さんとのデートの日。前々から計画していて、やっとこ実現したのだ。
 オーナーが虫垂炎から復帰したものの、本店のシフトリーダーが急に辞めることになり、本店のシフトには大きな穴が空いた。さらに私の働いているコンビニには、一気に二人の求人が来たので、大翔さんは本店に留まることになってしまった。
 フツーならショックでたまらなくなるけど、今はそうでもない。最近大翔さんとは仕事終わりに必ずと言っていいほどドライブに行っているし、仕事帰りの私を家に送っていくのは、お父さんお母さんではなく、ほとんど大翔さんになっている。
 一階に降りると、バッタリお母さんと会った。一応、今日出かけることは伝えてある。
「あら、彩佳。もう出かけるの?」
「うん。迎えに来るから」
「帰りは?」
「まだわかんない」
 お母さんは大翔さんと面識がある。ちょうど大翔さんが私を家に送り届けてくれた時、お母さんが吉池さんの家から帰ってきて、大翔さんがお母さんに挨拶をした。
 お父さんはまだ大翔さんのことは知らない。今知らせたら精神的ショックが大きい、とお母さんが言っていた。
「もう行くね」
「はい。いってらっしゃい」
 これ以上ないくらい、お母さんはニコニコしていた。また帰ったら尋問を受けるに違いない。玄関までスピカが見送りに出てきた。手を振ると、少し首を傾げた。
 紫外線が突き刺さるような日光直射。汗は出るし肌に悪いしで、女子にとっての天敵だ。こんなにも暑い太陽には、どれくらいまで近づけるんだろうか。
 折りたたみの日傘を差す。ネット通販で買った、ちょっとオシャレな柄のものだ。

 いつもは十分前には必ず来る大翔さんが、時間になっても現れない。こんな炎天下で女子を待たせるとは不届き者だ。
 市街地を走る車が見える。いつもよりスピードを出しているみたいだ。私の前で見慣れた軽自動車が停まる。
「ごめん! 遅れた!」
「もう、遅ーい。溶けるかと思った」
 軽自動車の中は涼しかった。私は炎天下の中待っていたのに、大翔さんはこの涼しい車内にいたんだな、とか思ってみる。今度からは家の前で待っているんじゃなくて、着いたら連絡してもらおう。うん。
 ここ数週間で、私と大翔さんの会話に敬語はなくなっていた。そうしよう、という大翔さんの提案だったし、私自身もそうしたいと思った。
 でも名前を呼び捨てで呼ぶのは抵抗があったので、さんを付けている。自分の名前を呼び捨てで呼ばれることには、抵抗はない。
「身体は大丈夫?」
「平気。心配しないで」
 大翔さんはこうして、私の身体を気づかってくる。もう心配ないとはいえ、万が一っていうこともある、と大翔さんは言う。
「じゃあまずは昼飯食べるか」
「うん。回転寿司がいいな」
「寿司? 彩佳が和食を選ぶなんて珍しいなぁ」
「えー、お寿司は好きだよ」
「彩佳は回転寿司より、その場で握ってもらう寿司でしょ?」
「私は庶民派ですよー」
 こんな何気ない会話ですら、今の私にとっては幸せだ。空は青い。何気ない風景すら、輝いてみえる。車内にはマイルス・デイヴィスのジャズが流れている。私のリクエストに応えて、大翔さんが毎回曲を流してくれている。
 お昼の少し前。回転寿司は駐車場もわりと空いていた。店内に入ると、「いらっしゃいませ」という元気の良い声が聞こえてきた。テーブルに席に案内されて座る。
「大翔さん、冷たいお茶がいい?」
「うん。そうだね」
「じゃあ私とってくる」
 ちょっと彼女風を吹かせている自分がなんかくすぐったく感じる。同時に躍るような心持ちでもあるのだ。
 冷たいお茶を淹れる。私もやっぱり冷たいほうがいいので、冷たいお茶を二つ淹れた。テーブルに戻ると、大翔さんがボーッとしていた。
「はい」
「ありがとう」
 お茶を一杯飲んで、大翔さんがタッチパネルを操作しはじめた。
「彩佳は何にする?」
「大翔さんと同じやつ」
「俺、サーモンとサラダ軍艦だよ?」
「いいよ」
「じゃあふた皿ずつ注文するか」
 同じ時間、同じものを共有したいんだ。そう思う自分は変なのだろうか?
 注文を終えた大翔さんが、こっちを見て微笑む。 ああ。やっぱりこの笑顔がたまらなく好きだ。
「なに?」
「いや、今日も可愛いなと思って」
 また、そんなことを言う。恥ずかしいじゃん。でもめっちゃ嬉しい。だって、いつだって大翔さんの隣にいるのが恥ずかしくないように、身なりに気をつけてるし。
「ありがとうございます」
 私が頭を下げると、大翔さんが笑った。
 ちょうど注文したお寿司が運ばれてきた。手を伸ばす。手。同じ皿を取ろうとして、触れ合った。
 ときめきは健在だ。

 ドクン、ドクン。

 思わずふたりで、顔を見合わせて笑った。
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