秋風吹いて 七

文字数 1,772文字

 流れていく。次々と切り替わっていく、風景画のようだ。うんと小さい頃にテレビで見た、紙芝居みたいな。そんな風に一瞬で切り替わっていく風景が、目の前を流れていく。
 横断歩道を渡る人。あの人からすれば私も、ただの車に乗っている女。きっと風景の一部に過ぎないんだろう。それは、誰にでも言えることだ。私にとっても、あの人はただの通行人。いってみれば、風景の一部だ。
 多くの人が他人である以上、自分が風景の一部になることは仕方がない。その逆もまたあるからなんだ。それなら、この世界に、私を私として認めてくれる人はどれだけいるんだろうか。
 自分が生きていることを、証明してくれる人。他人じゃない。お互いに存在を確かめ合うことができる人。そんな人がどれだけいるんだろうか。私が、私でなくなっても、私を証明してくれる人。どれだけいる? 今の私に。
 私が私でなくなっても、誰も気がつかなかったなら、それは私が存在していたことそのものが、幻であったかのようになるんだろうか。それとも、夢の一部になるのかな。
 誰が私を認めてくれたんだろう。誰が、愛してくれたんだろう。家族以外で、そんな人がいたかな。いや、私はずっと、あの白い部屋の片隅。孤独に震えていただけだ。
「彩佳!」
 はっとした。浴びせかけられた声は、まるで真冬の水道水みたいに、私を現実に呼び戻す。
「どうした、またぼーっとしてたぞ?」
「あ、ごめん…」
「…退屈なら退屈って言えよ」
「違うよ。そんなんじゃない」
「じゃあどうしたの。最近そうやって、ぼーっとしてばっかりだぞ? 正直、退屈なんだなって、俺はそう感じるよ」
「違うって。ちょっと考えごと」
「なんだよ、それは?」
「うん、まあ、これからのこと?」
「これから? 仕事か?」
「うん、まあ、そうかな…」
 無理矢理自分を納得させた顔だね、大翔さん。嘘だって、わかってるよね。
 いつもの横顔。運転するその真剣な顔。ここから見つめるのも、見慣れてきたね。
 なのに、どうして? 大翔さん。今日もそうだった。何処を見て話しているの? なんで私を見てくれないの?
 私がぼーっとしているって感じるなら、大翔さんのせいだよ。何処を見てるか、全然わかんないんだから。本当に、私を見てくれてるのかな。
 今日だって、そうだ。私の行きたいところなんて聞いてくれなかった。
 私は別にアミューズメントパークなんて行きたくなかったのに、「彩佳、来たかっただろ?」なんて言ってきたりする。まるで私のことを何でも見透かしているみたいな言い方だった。
 アミューズメントパーク内では、スタスタと先に行って、彩佳にはこれがいいとか、これが向いてるとか、自分でどんどん決めていった。
 たしかにアミューズメントパークみたいなところを、恋人同士で行ったら楽しいだろうな、とは思っていた。でも、今日はそんな気分じゃなかったし、何か違う気がしてならなかった。
 今度はよく行く総合スーパーだ。アイスの新商品が出たから食べに行く。まあ、ここは私も食べたかったから別にいいんだけど。
 大翔さんはいつも屋上に車を停める。なんで屋上なのか、聞いたことはない。たぶん、なんとなくっていう答えが返ってくるのはわかっていた。
 車を降りて、エスカレーターに乗って下の階層に向かう。いつと変わらない。うん。何も変わらない。一緒だ。私の不安や不満なんて、些細なものなのかもしれない。
 エスカレーターを降りた。いつものように、手を繋ぐ。
 手を、繋ぐ、はず、なのに…。
 私の手は、すり抜けるように虚空を掴む。いつもはそこで、大翔さんが手を出して待ってくれているのに。
「…なにやってるの? 行くよ」
 え、待って。待ってよ。いつもはここで、手を繋いでくれたじゃん。ぎゅっと、私の手を握ってくれたじゃん。私がここにいるって、いつも感じることができてたよ。大翔さんが、繋いでくれたから。
 待って。大翔さん。そんなに早足で何処に行くの? 何を見てるの? 私、わからなくなってくるよ。ねえ、大翔さん。お願い、手を繋いでよ。私、ここにいてもいいんだよね?
 どっくん…。
 やめてよ。私は、私はここにいるの。ここにいたいの。
 大翔さん。私、どうすればいいの? 私、自分のことも、あなたのことも、だんだんとわからなくなってきてる。
 私は、ここにいていいの?
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