ひこうき雲 一
文字数 1,937文字
「それで、その後自分からキスしたの?」
「じ、自分からっていうか、う、うん、まあ、そう、かな?」
「おいおい。スゴいな。わずか一日でどんだけ歩みを進めてんの」
高橋さんとデートしてから三日。私は休みの日に麻衣に拉致されて、こうして喫茶店で尋問を受けている。
麻衣の車で、自宅からわりと離れた喫茶店に来たので、正直に応答しないと解放されないだろう。
「でも、雰囲気はあった。悪くなかった雰囲気」
「まー、彩佳らしいっちゃ、らしいけど」
「そう?」
「昔のね。病気になる以前のあんたが戻ってきた感じだよ」
ぐるぐるとアイスウィンナーコーヒーをかき混ぜながら、麻衣が笑った。
昔の私。どんな感じだったのかな。もう思い出せないくらいに遥か昔な気がする。中学時代からの人生濃度がスゴく濃ゆくて、それ以前があやふやだ。
「外見、大人しそうで清楚っぽいけど、実は中身はわりと大胆だったりさ。そういうとこ」
「なんだ、それ。自分では清楚なんて思ったつもりないな」
「清楚ではないでしょ」
「は?」麻衣がまた笑った。
麻衣とはLINEのメッセージは頻繁に交換しているけれど、こうして直接会うのは久しぶりだ。話していると、やっぱり楽しいし、リラックスできる。
「でも高橋さんだっけ? 直接会ってみたいね。どんな人か見てみたい。今度コンビニ行ってみよっかな」
「やめてよ」
この日は終始、私と高橋さんの話題ばかりだ。当然といえば当然だ。恋とは無縁だった私の恋愛話なんて、麻衣からすれば興味の尽きないものだろう。
「しかし、お互いに重い過去を背負った二人だね。好きな人を喪った人。難病にかかっていた人。形は違うけど、二人とも死っていう現実に向き合ってきているから、そこがさらにお互いを惹きつけるものになったのかな?」
そうなのかな。少し違う気がする。それよりもずっと前から、私は高橋さんに惹かれていた。
…いつから、だったっけ? あれ? そんなことを考えながら、手元にあるエッグトーストを口に運んだ。
「けどあんた、よく食べるようになったね。それだけは病気が治ってから変わった点だわ」
「そう? なんでだろね。でも療養中は好きなもの食べらなかったからな。その反動かも」
「それだな」
たしかに不思議とよく食べるようになった。間食はしないけれど、朝、昼、晩。がっつりと食べる傾向が強くなった。今まで不足していたエネルギーを、身体が欲しているみたいに。
「ま、頑張りなよ。彩佳の恋だから応援してるけどさ」
「…けど、なに?」
一度目を伏せた麻衣は、目を閉じて首を横に振った。
「いや、なんでもない」
「なに、気になるじゃん」
「う〜ん。私の思い過ごしだといいけどさ」
急に麻衣の目が真剣な眼差しになった。普段おちゃらけている麻衣が、この目をするのは、本気の時だ。
「なかなかね。難しいかも。亡くなってしまった、好きだった人に勝つっていうのは」
じっと、麻衣は私を見つめたままだ。私も麻衣から目が離せない。
「死んでしまったってことで、その人の中では永遠になってしまうから。一番は比較されて苦しまないことだね」
永遠。そうか。高橋さんの中では、その好きだった人は、今も好きなままなんだ。好きだったで終わってしまった。でも突然だったから、終わらせ方がわからないまま、今もずっと好きなままが続いている。それを永遠というんだろう。
高橋さんの中に、その人は常に存在していて、その人の居場所があり続ける。永遠に。私がどんなに高橋さんの中で大きなウエイトを占めても、その居場所がなくなることはないのだろうか。
少し不安になった。私は、永遠になることは出来ないけど、高橋さんとずっと一緒にいたいと思っている。死んでしまって永遠になりたくはない。
高橋さんの中で、私は今どれほどの存在なのか。段々と気になってくる。いつのまにか拳を握りしめている自分がいた。麻衣はそれに気づいたようだ。
「…そんな顔すんなよ、彩佳。大丈夫だよ。あんたはあんたらしく、自分のいいところを好きになってもらえばいいんだからさ。張り合ったら負けだよ。意識しないこと」
「う、うん。そうだね」
「そう」
自分のいいところか。…どこだろう? 高橋さんは、私のどこかを好きになってくれているのかな? それとも友だちの延長線上?
キスはした。いい雰囲気だと思ったから。それは自分だけの解釈なのか。抱きしめてもらったのも、ある意味事故みたいなものだ。
麻衣は気にするなと言ったけど、その言葉が私の心に影を落とす。
高橋さん。私、貴方が好きです。貴方と一緒にいたいです。貴方の中で私は、どんな存在ですか? それが、たまらなく知りたいんです。
知りたいし、聞いてみたい。高橋さんの気持ちを。その言葉で…。
「じ、自分からっていうか、う、うん、まあ、そう、かな?」
「おいおい。スゴいな。わずか一日でどんだけ歩みを進めてんの」
高橋さんとデートしてから三日。私は休みの日に麻衣に拉致されて、こうして喫茶店で尋問を受けている。
麻衣の車で、自宅からわりと離れた喫茶店に来たので、正直に応答しないと解放されないだろう。
「でも、雰囲気はあった。悪くなかった雰囲気」
「まー、彩佳らしいっちゃ、らしいけど」
「そう?」
「昔のね。病気になる以前のあんたが戻ってきた感じだよ」
ぐるぐるとアイスウィンナーコーヒーをかき混ぜながら、麻衣が笑った。
昔の私。どんな感じだったのかな。もう思い出せないくらいに遥か昔な気がする。中学時代からの人生濃度がスゴく濃ゆくて、それ以前があやふやだ。
「外見、大人しそうで清楚っぽいけど、実は中身はわりと大胆だったりさ。そういうとこ」
「なんだ、それ。自分では清楚なんて思ったつもりないな」
「清楚ではないでしょ」
「は?」麻衣がまた笑った。
麻衣とはLINEのメッセージは頻繁に交換しているけれど、こうして直接会うのは久しぶりだ。話していると、やっぱり楽しいし、リラックスできる。
「でも高橋さんだっけ? 直接会ってみたいね。どんな人か見てみたい。今度コンビニ行ってみよっかな」
「やめてよ」
この日は終始、私と高橋さんの話題ばかりだ。当然といえば当然だ。恋とは無縁だった私の恋愛話なんて、麻衣からすれば興味の尽きないものだろう。
「しかし、お互いに重い過去を背負った二人だね。好きな人を喪った人。難病にかかっていた人。形は違うけど、二人とも死っていう現実に向き合ってきているから、そこがさらにお互いを惹きつけるものになったのかな?」
そうなのかな。少し違う気がする。それよりもずっと前から、私は高橋さんに惹かれていた。
…いつから、だったっけ? あれ? そんなことを考えながら、手元にあるエッグトーストを口に運んだ。
「けどあんた、よく食べるようになったね。それだけは病気が治ってから変わった点だわ」
「そう? なんでだろね。でも療養中は好きなもの食べらなかったからな。その反動かも」
「それだな」
たしかに不思議とよく食べるようになった。間食はしないけれど、朝、昼、晩。がっつりと食べる傾向が強くなった。今まで不足していたエネルギーを、身体が欲しているみたいに。
「ま、頑張りなよ。彩佳の恋だから応援してるけどさ」
「…けど、なに?」
一度目を伏せた麻衣は、目を閉じて首を横に振った。
「いや、なんでもない」
「なに、気になるじゃん」
「う〜ん。私の思い過ごしだといいけどさ」
急に麻衣の目が真剣な眼差しになった。普段おちゃらけている麻衣が、この目をするのは、本気の時だ。
「なかなかね。難しいかも。亡くなってしまった、好きだった人に勝つっていうのは」
じっと、麻衣は私を見つめたままだ。私も麻衣から目が離せない。
「死んでしまったってことで、その人の中では永遠になってしまうから。一番は比較されて苦しまないことだね」
永遠。そうか。高橋さんの中では、その好きだった人は、今も好きなままなんだ。好きだったで終わってしまった。でも突然だったから、終わらせ方がわからないまま、今もずっと好きなままが続いている。それを永遠というんだろう。
高橋さんの中に、その人は常に存在していて、その人の居場所があり続ける。永遠に。私がどんなに高橋さんの中で大きなウエイトを占めても、その居場所がなくなることはないのだろうか。
少し不安になった。私は、永遠になることは出来ないけど、高橋さんとずっと一緒にいたいと思っている。死んでしまって永遠になりたくはない。
高橋さんの中で、私は今どれほどの存在なのか。段々と気になってくる。いつのまにか拳を握りしめている自分がいた。麻衣はそれに気づいたようだ。
「…そんな顔すんなよ、彩佳。大丈夫だよ。あんたはあんたらしく、自分のいいところを好きになってもらえばいいんだからさ。張り合ったら負けだよ。意識しないこと」
「う、うん。そうだね」
「そう」
自分のいいところか。…どこだろう? 高橋さんは、私のどこかを好きになってくれているのかな? それとも友だちの延長線上?
キスはした。いい雰囲気だと思ったから。それは自分だけの解釈なのか。抱きしめてもらったのも、ある意味事故みたいなものだ。
麻衣は気にするなと言ったけど、その言葉が私の心に影を落とす。
高橋さん。私、貴方が好きです。貴方と一緒にいたいです。貴方の中で私は、どんな存在ですか? それが、たまらなく知りたいんです。
知りたいし、聞いてみたい。高橋さんの気持ちを。その言葉で…。