第42話 夜明け前の再会(三)

文字数 6,754文字

 それから勝蔵は久しぶりに高台寺へ行って藤堂平助に会った。
「藤堂さん。岐阜の水野の旦那から何か話は入ってませんか?」
「相変わらず水野さんは意気盛んです。もし幕府との戦さが始まったら、百人以上の兵を引き連れて京へ駆けつける、との返事をもらいました」
「やはり水野の旦那も挙兵に参加するのか。うーむ、こいつは俺たちも急いだほうがいいな……。いや、実は我々も以前一緒にやっていた仲間たちを呼び寄せて、挙兵に参加するつもりです」
「とはいえ、まだ戦さになると決まったわけではないですよ。誰も幕府があんなふうに大政奉還するなんて思っていませんでしたから」
「伊東先生は大政奉還をどのようにお考えなんですか?」
「まったく賛成しております。朝廷中心の政権を作ることが先生の望みですから。あとは世の中が一和同心となり、丸く収まってくれることを望んでおられます。決して内戦を望んだり、外国人を打ち払うことを望んでいるわけではありません。もしそのように世間から誤解されているとしたら、残念です」
「いや、あの君子然とした伊東先生であればそのように考えるのはもっともです。まさか誤解されることはないでしょう。ただ、薩摩がそのような生やさしい方針を認めるとは思えませんな」
「そうなんです。我々も新選組から離れて尊王の旗を掲げておりますから薩摩人とは時々会っているのですが、我々はなかなか薩摩から信用されません。やはり以前、新選組に籍を置いていたのが不興を買っているようです。かと言って、あまり薩摩に近づきすぎると幕府や新選組を刺激して、それも伊東先生の好むところではありません。私としては朝廷中心の政権を作るためであれば、薩摩の力をアテにするしかないと思うのですが……。あっ、そうそう。ところで池田さん。我々と同じ北辰一刀流の門人で、土佐人の才谷(さいだに)梅太郎という人物をご存じですか?」
「才谷……?はて?どこかで聞き覚えのある名前だが……」
「ああ、失敬失敬。以前は坂本龍馬という名前でした。その人は確か池田さんと同じで、千葉定吉先生の門人だったと聞きました」
「坂本龍馬!」
「おや。やはりご存じでしたか」
「いや、その、確かに存じてはいるが……、その坂本が何か?」
「実は伊東先生から、彼の護衛をするよう命じられているのです。彼は幕府や会津から命を狙われるほどの要人ですから。それで、これから彼のところへ行かねばならんのです」
「……」
「そのような訳ですので、本日はこれにて失礼いたします」
「いや、あの、藤堂さん。ちょっと待ってくれ。実は折り入ってお願いしたいことがあるのだが……」

 それで勝蔵は、藤堂にお願いして龍馬のところへ連れて行ってもらうことになった。
 龍馬は河原町の近江屋というところにいるらしい。
 藤堂は勝蔵から事情を聞き、別に連れて行っても問題ないだろうと判断した。どう考えても勝蔵が龍馬に危害を加えるとは思えず、思想も自分たちと同じだから平気だろう、と思ったのだ。
 二人が京都の街中へ出ると「ええじゃないか」の群衆があちこちで踊り狂っている。
「女は男となり、男は女となり、色とりどりの物珍しい衣装を着て、三味線、太鼓、笛、(つづみ)、鐘、鈴などで思い思いに音曲を(はや)し立て、ヨイジャナイカ、ヨイジャナイカと申して踊り、知らぬ人でも侍でも、道にて出会う人々の手を取り、踊らんか踊らんかと申して踊りながら歩行している」
 といったふうに当時の様子が『小梅日記』という記録に描かれている。
 勝蔵と藤堂はそういった踊り狂う人々をかきわけながら道を進んだ。

 そして二人は龍馬のいる近江屋に着いた。土佐藩御用達の醤油商の店で、土佐藩邸のほとんど目の前にある。
 龍馬はここの二階の奥にある八畳間にいた。普段は裏庭にある土蔵で潜伏しているのだが、ときどき所用のため母屋へやって来るのだ。
 相撲取りのように太った男が二人を取り次ぎ、龍馬のいる二階へ案内した。太った男の名は藤吉といった。
「坂本先生。お願いでっさかい土蔵へ戻っておくれやす。こないな時にもし刺客が襲ってきたら、どないしはるんですか」
 部屋まで二人を連れて来ると藤吉は、こう言って龍馬に苦言を申し述べた。
「何を言うがか、藤吉。あんなところで客に会えるわけがなかろうが。大丈夫ぜよ。運が悪けりゃ風呂できんたま打っても死ぬんじゃ。ワシは寺田屋で襲われても死なんかったぐらい運の強い男じゃきに、そう簡単には死なんぜよ」
 このようにしゃべっている龍馬の声を勝蔵は隣りの部屋で聞いていた。久しぶりに龍馬の声を聞き、懐かしさが胸にこみあげてきた。

 まずは藤堂が一人で龍馬と面談する。勝蔵はオマケで連れて来てもらったのだから待つのが当然だ。
 藤堂は龍馬を護衛する件でしばらく龍馬と話し合った。が、どうやら結局、それは破談に終わったようだった。
 やがて藤堂が、隣室で控えている勝蔵のところまで戻って来た。
「残念ですが護衛の申し出は断られてしまいました。護衛がいると、かえって気ままに動けなくて困るんだそうです。それに私では護衛役が不適格なことも分かりました。彼は池田屋で死んだ土佐人の知り合いだそうです。それじゃあ池田屋に斬り込んだ私ではお互いに気まずい。とにかく伊東先生には破談に終わったと伝えるしかありません。私は先に帰りますから、どうぞ、池田さんは彼と存分に話をしていってください」
 そう言うと藤堂は階段を降りて、そのまま帰ってしまった。

 それから勝蔵が龍馬の部屋へ入った。
 龍馬は窓を背にして座っていた。脇には火鉢があり、部屋の中には書類が乱雑に散らばっている。龍馬は紋服を羽織っているが中に綿入れを着込んで厚着しており、刀の大小は差さずに床の間の刀掛けへ置きっぱなしにしている。
 相変わらずむさ苦しい風体で、昔とちっとも変わっていない。
 だが、顔は三十路(みそじ)男らしい引き締まった面構えになり、しかも以前よりいっそう不敵な人相になっている。
 と、龍馬の姿はそんなふうに勝蔵の目に映った。
「おお。藤堂が言っていた同門の知り合いゆうがは勝蔵さんじゃったか。まっこと久しぶりじゃねえ。えらい立派になられて、やはりあのあと武士になっとったんじゃなあ」
 勝蔵はすぐに着座して一礼し、それから龍馬の顔を見つめて言った。
「いえ。坂本先生同様、拙者もいまだ幕府から追われる身でござる。それに拙者はつい最近まで長らく博徒をしておりました。坂本先生の政治(まつりごと)におけるご活躍とは比べるべくもござらん」
「ハハハ。“坂本先生”はやめてくれ。勝蔵さんらしくないぜよ。それで勝蔵さんは今、どこのご家中になられたんかのう?」
「白川神祇伯(じんぎはく)家の家中でござる。今の名前は池田勝馬と申す」
「ほう。公家侍か。それで、勝蔵さんも名前に馬が付くようになったとは奇遇じゃのう。ワシの名前とよう似ておる。まさか、ワシの真似をしたがか?」
「そんなわけがねえ……、いや、左様なことはござらん。拙者の生まれ故郷、黒駒の駒から取ったのでござる」
「ハハハ。勝蔵さん、……いや、勝馬さん。そろそろ“にわか武士”は止めにせんかえ。それでは腹を割って話ができんぜよ」
「……。うむ、そうだな……。せっかく十何年ぶりに会えたんだから、今さら“坂本先生”などと遠慮しても仕方がない。それに、どうせ俺の本性は博徒の親分だ……。ああ、そうだとも、龍馬。俺は所詮にわか武士だ。お主と江戸で別れたあと、俺はずっと博徒として生きてきた。幕府があちこちに手配書を回している極悪人『黒駒の勝蔵』、それが俺の本性さ」
「そうそう。それでこそ勝蔵さんじゃ。昔とちっとも変っておらん」
「そういうお主はずいぶんと変わってしまったな。そんな大それたことをする男になるとは、思いもよらなかったぞ」
「思いもよらないと言えば、まさかワシら二人とも、幕府から追われる極悪人になってしまうとはなあ」
「いや、俺の場合はそうでもない。博徒となって幕府から追われるようになるのは、もとより予想できたことだ。それに博徒が極悪人なのも当然のことだ。しかるにお主の場合は、世の中を大きく変えるほどの活躍をしているではないか。想像を絶するとは、まさにこのことだ。お主の話はだいたい白川の陸援隊士から聞いた。今は海援隊の隊長なのだろう?むかし浦賀で一緒に見た、ああいう黒船に乗る仕事をしているのかい?」
「ああ、そうじゃ。あの時の黒船みたいな軍艦を動かしたことはまだないが、(あきな)いの船はようけ動かしておる。ただ、早くも二隻、事故で沈めてしもうたがの……。けんど、いつかああいう黒船みたいなごっつい船をうんとそろえて、『世界の海援隊』をやりたいと思うておるがじゃ」
「ふふふ。いかにも龍馬らしいな。だが、そのお主がなぜ、薩長や薩土の周旋をしたり、大政奉還といった政治(まつりごと)の仕事をしておるのだ?」
「幕府の世では外国との商いが上手くいかず、『世界の海援隊』になれんからだ。そもそも幕臣は商いそのものを卑しむ者が多い。かたや薩摩や長州は長崎にも近く、商いの達者な者も多い。にもかかわらず、幕府は長崎や横浜、それにもうすぐ開かれる兵庫からも諸藩の者をしめ出して、外国との商いを独り占めしようとしているがじゃ。二百五十年もつづいてきた幕府の古い仕組みでは、外国とまともに付き合うことはできんぜよ」
「……俺は商いや外国のことなんぞさっぱり知らんし、よく分からんが、つまり幕府の仕組みが悪いから、お主は幕府を倒そうとしているのか?」
「まあ、有り体に言うと、そういうことじゃな。それに幕府の仕組みが終わりになって帝の世になれば、おそらく武士の世も終わるだろう。外国と対等に付き合う以上、日本にも外国の仕組みが入ってくるのは止められん。どのみち遅かれ早かれ、そういう世になるがじゃ。だったらワシがその流れを早めてやる。今こそ日本を洗濯して、ワシが日本に夜明けをもたらすがぜよ」
「はあ……。まったく雲をつかむような話で、どこまで信じて良いのか分からん。昔の俺なら、お主がそうやって大風呂敷を広げるのを一笑に付しただろうが、今や京都の政局を左右する力を持っているとも言われるお主の話だから、信じるしかあるまい。とはいえ、俺に尊王攘夷を勧めている白川家や武藤家の人が聞いたら逆上しそうな話だがな。ところで、せっかくだからお主に一つだけ、どうしても聞いておきたいことがある。薩長と幕府は戦さになるのかどうか、お主の見込みは如何(いかん)?」
「ふむ。それで、勝蔵さんはどっちが望みじゃ?」
「どちらでもよい。ただ、もし戦さになるのなら、その大博打に乗ってみたいとは思っている」
「さすがは博徒の親分じゃな。ふふふ。けんど、そんなことはワシにも、よう分からんぜよ。少なくとも、ワシは戦さを望んではおらん。確かに大政奉還の前は戦さも辞さぬ覚悟じゃったが、大政奉還が成った今となっては、慶喜公を新政府に迎え入れても良いとさえ思っておる。むろん、幕府の仕組みは骨抜きにせねばならぬがのう。今、ワシは新政府の仕組みを考えているところじゃ」
 そう言って龍馬は、のちに「新政府綱領八策」と呼ばれることになる書きつけを脇に散らかっている書類の中から拾い上げ、勝蔵に手渡して見せた。
 そこには「第一義 天下有名ノ人材ヲ招致シ顧問ニ供フ」とか「第五義 上下議政所、第六義 海陸軍局、第七義 親兵、第八義 皇国今日ノ金銀物価ヲ外国ト平均ス」などと書かれ、最後に「○○○自ラ盟主ト為リ此ヲ以テ朝廷ニ奉リ始テ天下万民ニ公布云々」とあって、これに背く者はどんな身分の者でも断然征討する、といったようなことが書かれていた。
 本性が博徒で、政治のことなど無知に等しい勝蔵がこれを見て、その意図するところなど分かるはずもない。
 さすがに京都の政局を左右するほどの力を持つといわれる龍馬だ。新政府の仕組みについて、ずいぶんとややこしい事を考えているのだなあ。でも、この程度の条文であれば村の規則を取り決めるのと大差ないな。たったこれだけの条文で、本当にあの巨大で複雑な幕府の仕組みに取って代われるのだろうか?
 書きつけを見た勝蔵の感想は大体こんなところだ。
「ふうん。大したものだなあ。それで、この○○○とは一体何なのだ?」
「それはワシにも分からん」
「いいのか?そんなにいい加減で。これは新政府を作るための草案だろう?」
「それを幕府はもちろん有力諸侯へも見せるつもりじゃ。その場その場で、その○○○へ都合のいい名前を入れて皆を納得させるがじゃ」
「ええ?それは無理だろう。薩摩は薩摩公の名を、幕府は将軍の名をそこへ入れようとするだろうし、両方が納得するなんてありえん。そんなんじゃ、やはり戦さは避けられぬだろう」
「いや。ワシは一度、敵対していた薩摩と長州を納得させたことがある。お互いが欲しいものと譲れるものを談合すれば、戦さをせずに済む方法が必ず見つかるはずじゃ。それがビジネスというもんぜよ」
「び、びじねす……?」
「エゲレス語で、談合する、という意味じゃ」
「びじねすだが何だか知らんが、仮に幕府がお主の案を飲むとしても、やはり薩摩が承知せぬだろう。西郷さんが関東で火の手をあげさせるかも知れないという噂も聞いたぞ。それに、陸援隊の中岡さんも戦さを望んでいるじゃないか」
「その時はその時じゃ。もし戦さになったらワシも船に乗って幕府海軍と戦うつもりぜよ。けんど、あんまり大きな戦さになる前にワシが間に入って、その時こそ、両者を和解させにゃいかんと思うておる」
「そりゃあ俺たち博徒がケンカした時の仲人(ちゅうにん)みたいなもんだな。仲人は命がけだぞ。両方から文句を言われるし、そのうえ約定も守らせにゃならんし」
「ハハハ。そんなケンカとは規模がまったく違うぜよ。とにかく、そういう仕事こそ、ワシが得意とするビジネスなんじゃ。心配ご無用」
「ふん。いい気なものだな、龍馬。……ああ、そうだ。一つ大事なことを思い出したぞ。お主、江戸で重太郎先生の妹御、お佐那さんと良い仲だったろう。俺は長らく道場へ行ってないので知らんのだが、お佐那さんは今、どうしているのだ?お主の女房になったのか?」
「はあ?何をいうがか。ワシとお佐那さんは元々そうゆう仲ではなかったがやき、ワシの女房になるわけがないろう。そりゃ勝蔵さんの勘違いじゃ」
「いや、勘違いではなかったはずだがなあ……。千葉家の方々もお主に格別、目をかけていたし、お佐那さんもその気でいたはずだが……」
「ワシの女房は今、下関におるがぜよ。この京で知り合った女子(おなご)で、名はワシと同じお(りょう)というがじゃ」
「そうなのか。じゃあ、お佐那さんは今ごろ、別の男のところへ嫁いでいるのだな?」
「おそらく、そうじゃろう。ワシはしばらく江戸へ行っておらんきに、よう知らんけんど」
 ところが、お佐那は嫁に行っていなかった。
 そして龍馬とお佐那は確かに好き合っていたようだ。龍馬は故郷の乙女姉さん宛の手紙でお佐那の美しさに触れ、いかにも彼女に気があるような書き方をしている。その手紙の中では(以前書いた宇和島伊達家の評価と同じく)彼女は剣術と馬術に優れ、さらに琴や絵の才能もある、と褒めている。
 一方お佐那も龍馬と結婚の約束をしていたつもりだったようで、形見として龍馬の紋服の片袖を持っていたという。
 けれども龍馬はこの才色兼備で物静かなお佐那のところへはやがて足を運ばなくなり、美人ではあるがやや気の強いお龍を嫁として迎えたのだった。
 この事について龍馬がお佐那にちゃんと言葉を尽くして弁明したのかどうか、女に対して相当だらしない性格の龍馬のことだから、かなりあやしい。
 余談ながら、お佐那の墓は現在甲府の清運寺にある。通説では「龍馬の死後、彼女は一生独身で過ごした」ということになっている(ただし近年、結婚歴を示す史料も出てきているらしい)。墓には「坂本龍馬室」と刻まれている。なぜ江戸出身であるお佐那の墓が甲府にあるのかというと、後年、山梨の自由民権運動家の小田切謙明と知り合ったことから、無縁仏になりそうだったお佐那の墓を彼が甲府に引き取ったのだった。

 この頃の龍馬は死ぬほど忙しい。
 勝蔵と昔話をして懐かしがっているヒマなどないのだ。
 それで、そろそろ勝蔵も龍馬のところから辞去することになった。
「それでは、さらばだ、龍馬。いずれまた、お主の話を聞きにくる。おそらくそれは、戦さが終わったあと、ということになるのかな」
「ワシはなるべく戦さにはせんつもりじゃが、もし戦さになったら我々それぞれの持ち場で奮戦せんといかんのう、勝蔵さん。修羅となるか、極楽となるか。お互い、生きて日本の夜明けを見たいものじゃな」

 こうして二人は笑顔で別れた。
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