3-1

文字数 1,158文字

 それから十数分後、二人は泥沼通りの外れにある小更儀(こさらぎ)医院の前まで来ていた。女は家に帰りたいという鰐十郎を無理やり病院にひっぱってきたが、無理もない。鰐十郎は酷いけがをしている上に、全身火傷を負っているのだ。
「この程度のケガなら唾つけときゃ、治っちまうよ」
「あんた、ろくに歩けもしないじゃないか」
 病院はひどく古臭くひどく巨大だった。昔の工場をそのまま病院に改装したという話で、その痕跡が至る所に残っている。エントランスから古びた階段を昇るとそこが待合室だった。待合室は異様に広く、裸のマネキンやマネキンの一部が至るところに置いてある。
 蓮華は慣れた足取りで階段を昇ると診察室のドアを押した。中年のやせぎすな看護師が待ち構えていて、部屋の奥に案内する。
 院長の小更儀初は部屋の一番奥にある机に向かって書き物をしていた。今時は診察室にパソコンがあるのが普通だが、そうした電子機器が一切見当たらない。壁には怪しげな絵が飾ってあり、机の上には水晶玉や古びた人形や手足の模型のようなものが置いてある。医者というよりインチキ占い師といった風情だ。
「で、うちは初診かい?」
「そうだけど、親父は随分世話になったと聞いてる」
 院長が初めて振り返った。凛としているが皺だらけの小柄な婆さんだ。医者というより魚の行商を生業としている婆さんのようながさつな雰囲気だ。
「以前話していた、呪鰐十郎だよ」
 蓮華が横から口をはさむ。
「おお、そうか、そうか。そう聞いておった。……鯉太郎さんのご子息じゃな」
「不幸なことにな……」鰐十郎がぶっきらぼうに答えると、初は乱杭歯を見せて笑った。
「そうか……で、鯉太郎さんは」
「施設に入ってるよ。ええと……なんて名前だっけなあ。何とかって老人ホームだ」
「元気にはしとるのかな?」
「さあて、しばらく見てないからわからない。ずっと寝たきりらしいから、今じゃ無機物みたいな存在かな」
 院長は小さく頷くと、鰐十郎の手をとった。
「かなりひどい火傷じゃな……」
鰐十郎は蓮華に目を向けた。当の蓮華は水晶玉を両手に持って、ガラス越しに部屋の中を眺めまわしている。
「傷の方は大したことなさそうじゃが、火傷の方は少し手間がかかりそうじゃな。とりあえず体全体を調べるからスッポンポンになって、そこのベッドに横になれ」
「えっ……パンツも?」
「男のくせに何をためらっとるんじゃ。それともこの婆ぁに裸を見られるのがそんなに恥ずかしいんか?」
「いや、そういうわけじゃねえが」
「そうか、蓮華が気になるんか。まあ、心配せんでええ。この子は小さい時分から知っておるが、男の一物なんぞ何百本も見ておるで、今さら驚きゃあせんわ」
 ――どういう奴らだよ。さすがに鰐十郎も心の中で毒づいた。
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