15-2

文字数 1,664文字

 ラウンジに移動すると、鰐十郎は冷蔵庫の中から二切れのパンを取り出した。それに青木が持ってきた焼き鳥の缶詰の中身を乗せ、さらにマヨネーズをたっぷりとかける。テーブルの上に並べて、
「おまえも、一個食べる?」
「いや、俺はいいス」
 返事を聞く間もなくがつがつと食べながら、
「で、桑水流の方はどうだった……」
「それがですね。どうもここ一年半程、あまり道場に来てないみたいなんですよね」
「あの野郎……以前逢った時、小難しいこと言ってたから、不満でもたまってたんだろうよ。でもよ、そのイライラをこっちにぶつけるのは筋違いだろう」
「いや、おそらくそういう話じゃないです。何か急に変わったらしいです」
「変わった?」
「そう、後で教えてくれたヤツがいるんですが、交通事故にあって、それ以来すっかり変わってしまったと……」
「一年半前っていやあ、俺と最後に会った翌年ぐらいだな。後遺症かな?」
「そうじゃないみたいですね。数か月後には復帰して、肉体的にはなんの問題もなかったらしいですが、何か様子がおかしいと……」
「なかなか興味深い話じゃな。して、どんな風におかしい……」
 青木は驚いて席から飛びのいた。いつの間にか白玉小僧がテーブルの横に立っていたのだ。手にしていたグラスを三つ並べると、青木が持ってきた酒を勝手につぎ始めた。
「いや、爺さん昼間っから何すんだよ」
 鰐十郎が言うと、
「酒は呑まれるために存在するのだ。そんなことも知らんのか」
「ま、確かにそうだけどさ……」
「なら、何の問題がある? うまい具合にここにツマミもあるし、まあ、遠慮せずにやらんか……」
「つか、何で爺さんここにいるんだよ」
「定期検査じゃ。高脂血症とγ-GTPの値も良くないのでな」
「あのう……」青木がゆっくりと席に戻りながら、「あなたが白玉小僧さんですね。蓮華さんに聞いたことがあります。何でも見かけは少年だけど、中身は老人だとか……。本当の年齢はいくつなんですか?」
「今は十歳ぐらいだろう。去年は十二歳ぐらいだったな」
「えっ、若返ってるんですか?」
「おまえも鰐と同じであんまり頭がよくないようだな。若返ってるなら、成人病で病院に通う必要なんかなかろうが。まあ、とにかく呑みながら話の続きをやろうや……」
 とりあえず三人はラウンジの席に着き、鰐十郎と白玉小僧は酒を飲み始めた。車で来た青木は冷蔵庫に常備してある炭酸水を飲みながら、
「で、とにかく誰もが怖がるような感じになったらしいです」
「別に変じゃないだろう。初めて会った時から妙にクールで、細目をだったからな。後輩に怖がられるのも無理はない」
「そういうレベルの話じゃないですよ。それまでは教育係として、後輩とも仲良くやってたらしいですが、事故以来、練習にも全く参加せず、なんか近寄りがたい人になったと……」
「何かイメージねえなあ。誰も文句言わなかったのかよ」
「上級指導員が一度注意したらしいです。このままでは全体の士気にかかわる。体が悪いなら一旦直してから出直してこい……と」
「桑水流のヤツ、怒っただろう」
「それが、何も言い返さず、無表情のまま道場を出て行ったそうで……で、それからしばらくして、その指導員が何者かに襲われたそうです。誰に襲われたかは全く不明。今も病院でこん睡状態になっていると……」
「でも、桑水流がやった証拠はないんだろ……」
「そうです。意識不明なので、その真相は闇の中ってことですか」
 白玉小僧がホタテの水煮を頬張りながら、
「なるほど。その昔の事故ってのが気になるのう」
「人が急に変わるってヤバイスよね」
「とりあえず、事故のことを遥に調べさせてみよう。何かわかるかも知れん。それから蓮華にも連絡をとってくれ。水商売関係に以外に有用な情報が転がっておるかもしれんでな」
 白玉小僧はそう言うと、コップに残っていた酒を呑み干した。
「さて、儂は薬でももらって帰るわい」
 チョコチョコと廊下を歩きながら、後ろも振り返らずに手をあげた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み