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文字数 1,383文字

 古いラパンの車内はあまり居心地がいいとは言えなかった。
 狭いのはともかくシートはボロボロだし、何より車内が酒臭いのだ。白玉小僧が儂の車を貸すと言った時、はっきり断ればよかったと納涼蓮華は激しく後悔していた。
 窓を少し開けて空気の入替をしているのだが、間の悪いことに少し前から小雨も降り始めた。風向きによっては雨が車内に吹き込んでくる。
 助手席のドアが開いて、いつものようにサングラスをかけた鳥島香澄が入ってきた。手にファストフードの袋をぶら下げている。
「遅くなってごめん。蓮華の分ここ置いとくから」
「なんかさ、買ってきてもらって悪いんだけど、バーガーいい加減あきたよ」
「しょうがないじゃない。この界隈にはこれぐらいしかないんだから。ささ、文句言わないで食べて、食べて」
 仕方なく蓮華はハンバーガーを袋から取り出しながら、
「何か雨降って来たけど、今日はこれでお開きにしない。なんかさあ、もう三日も粘ってるのに、何の収穫もないじゃん。遥に言って作戦代えてもらった方がいいと思う」
「ええ…まだ始まったばっかだよ。それに三日じゃなくて二日半ね」
 蓮華は渋々といった感じでハンバーグを一口齧ってから、
「そう言えば、あんたちょっと遅かったね。もしかして、変な奴らに出くわしたんじゃないかって心配しちゃったよ」
「ゴメン……大したことじゃないんだけど、レジにね男の人が大勢並んでたの。それで離れて待っていたら、他の人がどんどん間に入っちゃうでしょ」
「えっ、どゆこと?」
「私ね、男の人って苦手なんだ」
「ええっ、ウブ……って言うか、まさか処女?」
「そういう意味じゃないのよ。相手が彼氏とか信用できる知り合いなら問題はないんだ。そうじゃない一般男性が近くに来たり触ったりすると、目の前が真っ暗になって、心拍数があがっちゃうのよ。つまりトラウマ?……かな?」
「何々、それ病気じゃん。確かお母さんて、あんたを生んですぐに死んじゃったんだよね。お父さんは?」
「父はすぐに仕事の関係で私を残して外国に行っちゃったの」
「その後は施設とか?」
「親戚の家に預けられたの」
「それってまだ赤ちゃんの頃なんだろ。それなら、直接血は繋がってなくても、その人たちがあんたの両親ってことになるんじゃない。つまり、育ての親」
「それは違う――」香澄は怒ったように言ってから、もう一度言い直した。「それは違うと思うな。私の親は外国にいるお父さんだけ。生きてるかどうかも定かじゃないけど」
「そう、何かよくわからないけど、あんたも苦労してんだね。他に信頼できる人とかいないの?」
「それは、いっぱいいるよ。特に呑づまりの女将さんとか……」
「何だい? その崖っぷちにいるような危なそうなヤツ」
「違うよ。店の名前が『呑づまり』……で、そこの子供が私の同級生で、私のことも昔から可愛がってくれてる」
「そうかい、それなら安心した。いろんなヤツがいるけど、いい人が近くにいるってことは本当に幸せだよ。未だに慕われているお父さんも幸せだよね。あたしなんか、両親が亡くなった時は赤飯炊いて祝ったもの。ヤク中で精神病の父とアル中で精神病の母だったから、寝る前は毎日布団の中でさ、こうして手を合わせて、親の死を神様に願ってたほどだよ」
 蓮華はそう言ってから胸の前で手を合わせてみせた。
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