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文字数 799文字

 女将は鰐十郎に割り箸を渡しながら、
「今度騒ぎをおこしたら、ここにいられなくなっちゃうんだから」
「わかってるって……」
「にいちゃん、随分しゃれた真似してくれんじゃねえか。それとも偶然か。小馬鹿にしてるつもりなら痛い代償払う事になるんだぜ」
鰐十郎はまたプッと噴きだした。
「痛い代償……だって」
「野郎、本当に痛い目を見ないと自分の立場がわからねえようだな」
「そうッスよ。篠村先輩やっちゃってください」
 顎鬚は再び探るような眼で鰐十郎を見下ろしてから、
「とりあえず……お前らもこっちに来い」
 席にいた男二人は思わず顔を見合わせたが、言われた通り髭男の横に立った。一方、鰐十郎と言えば、貰ったばかりの割り箸を使って、肉じゃがに入った肉片を小鉢からつまみ上げようとしている。
「何だこいつ、頭おかしいのか?」
「こんなボンクラ、やっちゃってくださいよ」
 そう言われた顎鬚は仲間の一人に目を向けた。五分刈りの太っちょはそれを何かの合図と思ったのか、鰐十郎が座っている籐のスツールに思い切りキックを放った。ところがその瞬間妙なことが起こった。男のキックは空振りをし、もんどり打って頭から床に落ちたのだ。
「いてててて……」
男は頭を押さえながらよろよろと立ち上がった。もとより椅子が瞬時に消えるはずがない。鰐十郎が座ったまま、目にも止まらぬスピードで椅子を持ち上げ、また元の場所に戻したのだ。その間全く姿勢を変えることなく、肉を口に放り込みながらだ。この早業に気付いたのはわずかに顎鬚の男だけだった。
「おまえ……ようやくわかったよ。溝板(どぶいた)の死神・呪鰐十郎だな」
「そうだが、それがどうした……」
「ボンクラな跡取りが、巷で飲んだくれては強盗まがいのことをしてるって噂だが、どうやら本当らしいな」
「……んだとう」鰐十郎がゆっくりと立ち上がった。
「だから、ここではやめて頂戴」
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